2017年05月30日

Eclissi 2000

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リーノ・アルダーニ(Lino Aldani)の長篇第2作『Eclissi 2000(エクリプス2000)』(1979年)の紹介。最初の版は古本屋を探すしかないが、Perseo社から出ているアルダーニ著作集の『Aria di Roma andalusa』(2003年)に収録されているので入手はたやすい(現在はElara社が販売を引き継いでいる)。2006年にはUrania Collezione叢書からも再刊された。アルダーニの代表作の一つ。

宇宙船〈母なる地球〉号は、遥か彼方のプロキシマ・ケンタウリを目指して航行している。何世代も後の子孫が目的地にたどり着く世代宇宙船だ。船で暮らす者たちは三つの階級に分かれている。〈白〉に属する少数の者たちが権力を持ち、宇宙船の頭脳部分を管理し、〈赤〉と〈緑〉に属する多数の者たちを統べている。〈赤〉と〈緑〉は交代で労働を行ない、片方が起きているときは片方が睡眠を取っているという状況なので、この二つの階級の者が会話するのはなかなか難しい。船内には〈白〉にしか入ることが許されない場所もある。(なお、緑‐白‐赤の色はおそらくイタリアの国旗から)

〈赤〉に属する主人公(であり語り手)の青年ヴァルゴは、〈緑〉に属する相部屋の同僚の失踪が気になるが、入れ替わりに女性が入居してきたこと(異性がペアになるのは普通のことではない)も非常に気になっていた。また、この船は実はあてもなく放浪しているのではないか、目的地にはたどり着かないのではないかという疑いの声も耳にする。〈白〉の専制的な管理に対する不満も増し、不穏な空気が広がりつつあった。ヴァルゴは調査と思索の末に船の真実にたどり着き、それによって〈白〉の階級に迎えられ、一部の者しか知らない秘密を教えられる。

だがこの作品の主眼はそうした「世界」の転覆にはない。真実が明かされた後の展開こそが、アルダーニの本領発揮と言える。アルダーニは、権力と知の関係を暴き、自分の足元が分からない実存的な不安を描き出す。主人公ヴァルゴは自分の父と母が誰なのかも知らない。明かされた知も権力によって改竄されたものかもしれない。ヴァルゴは教えられた「真実」にすら疑いを抱く。

アルダーニの長篇1作目の『Quando le radici』(1977年)では、自分を見失い、大都市を捨てた主人公にとって、ジプシーが魂の救済となったが、本作の主人公は自力でなんとかしなければならない。その解決が結局は悲劇を生むことになるとしても。



ラベル:イタリア SF
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2016年10月22日

La magica avventura di Gatto Fantasio



ムーニー・ウィッチャー『猫のファンタジオの魔法の冒険』
Moony Witcher, La magica avventura di Gatto Fantasio (2008)

〈ルナ・チャイルド〉シリーズの邦訳がある作家の幼年向け(5〜8歳向けらしい)ファンタジーシリーズの第1巻。

舞台は猫たち(二足歩行)が住む世界〈ミーチョニア〉(ミーチョ[イタリア語で猫の愛称、「ニャンコ」みたいな感じ]+ニア)。主人公の少年ファンタジオは、フクシア色(濃いピンク)の毛に覆われて生まれてきた特別な猫。この普通とは異なる色に加え、生まれつきのひどい近眼、おまけに、異様に大きな尻尾。学校でうまくやっていけるだろうかと両親は心配で仕方がない。なにより、黒の縞模様の大きな尻尾が曲者で、尻尾を動かすと、魔法を使えるらしいのだ(通常、魔法を使えるのは魔法使いの国に住んでいる魔法使いだけ)。でも、うまくコントロールできずに勝手に魔法が発動するし、噂も広まり、記者も殺到するなど、ファンタジオの周りではいつも騒動が巻き起こる。実は、フクシア色の特別な猫だけが、幸せをもたらす〈猫の宝玉〉を見つけられるという伝説があり、魔法使いたちはファンタジオに興味津々。

本書の冒頭には、この世界の地図が描かれていて、それぞれの地域の特色や、〈猫の宝玉〉を巡る伝説や歴史もかなりのページを割いて詳細に記されている。このシリーズには壮大な背景があるらしい。とはいえこの巻では、ファンタジオと仲良しの二人の女友達(うち一人はやがて恋人になる)との楽しい日々や、ちょっかいを出してくる悪ガキトリオなど、基本的にはファンタジオの日常生活が描かれている。毛の色が他と異なることで、ファンタジオが落ち込んだり、両親が心配したり、悪ガキトリオにからかわれたり、嫌な状況に陥ったり、でも、友達や家族が支えてくれたり。本巻は主要人物の紹介を中心としたオープニングで終わっているけれど、事件の種をあちこちに撒いている感じもあり、今後の展開が楽しみ。

ラベル:イタリア 幻想
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2016年10月06日

小さな虎

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フランチェスコ・ディミトリ(Francesco Dimitri)の短編「Piccola tigre(小さな虎)」(SF雑誌『Robot』60号、2009年)。

「ぼく」の恋人ペニーが拾った猫。ミカエルと名づけられたその猫は、全身に黄と黒の虎の縞模様にも似た傷痕があった。普通の猫とはどこか雰囲気が違う。「ぼく」は、何か邪悪なものを感じる。ある日、隣の家のシェパードが惨殺された。「ぼく」はミカエルの仕業だと直感する。この猫は悪魔なのではないかとも思う。ある夜、ペニーは車にひき逃げされて死んだ。「ぼく」は現場に居合わせていたが、あまりのショックに、車のナンバーも運転手の顔も思い出せない。ペニーが死んだ夜、ミカエルは姿を消した。そして一年が過ぎ……

同著者の2013年の魔術小説『L'età sottile(淡い年頃)』では、主人公グレゴリオは自分の意思で、人を殺す選択をする。慈悲か、正義か。許すか、許さないか。天秤にかける。魔術師は、人間の法を越えたところで生きるがゆえに、自らの意思とそれによる選択が、非常に重要なのだ。その後、罪の意識が湧き上がってくるのに気づいたグレゴリオは、自分がまだ人間であることに安堵する。長編『Pan』でも、コミックマニアの主人公が、同じ趣味のおかげで仲良くなった女の子を、魔術的な理由から殺すシーンがあった気がする(何年か前に読んだきりでうろ覚えなので、違っているかも)。

この短編でも、「ぼく」は、ミカエルにじっと見つめられながら、人を殺すか殺さないかという選択を迫られる。この短編「小さな虎」には魔術の要素はないように見えるけれど、根底にあるものは『L'età sottile』と同じ。主人公は選択を迫られ、自分の意思で選び取る。魔術の土台は意思と想像力だとされるが、自らの意思に他人の運命が左右されるというのは、とても恐ろしいことだ。その重みに耐えることができなければ、魔術師にはなれない。その意味で、ディミトリは、魔術師の倫理というものを描き続けている。

ラベル:幻想 イタリア
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2016年04月20日

サルガーリ短篇集

7月の文学フリマ札幌では、先に挙げたダリオ・トナーニ短編集とともに、もう1冊同人誌『月をめざして:エミリオ・サルガーリ短篇集』を頒布する予定です。

以前『二十一世紀の驚異』という本を訳したことがあるのですが、今回の同人誌は、同著者のエミリオ・サルガーリの二つのSF短篇「月をめざして(alla conquista della luna)」「流星(la stella filante)」を収録します。『二十一世紀の驚異』の訳者あとがきに、「(サルガーリの他のSF寄りの作品も)機会があればご紹介したい」と書いて、この2短篇のタイトルも挙げておきましたが、今回、同人誌という形ですが、ようやく実現できました。2短篇とも、サルガーリの想像する独特な飛行機械が登場します。

もう訳は出来上がっているので、予定通り頒布できそうです。50頁ほどの薄さになる予定。100年以上前に書かれた作品ですので、古典SF・プロトSF好きの方はお楽しみに。

ラベル: SF イタリア
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2016年01月12日

robot76

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イタリアのSF雑誌『Robot』76号(DelosBooks)が刊行されました(pdf版と紙版があり)。この最新の76号には、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)『モンド9』のスピンオフ短編「Karrena」が掲載されています。著者は、作家、翻訳家、編集者、日本文化研究者のマッシモ・スマレ(Massimo Soumare')。この短篇「Karrena」の舞台はもちろん惑星〈モンド9〉。砂上の船〈カレーナ〉と、それに乗船している女性ヤレー。砂漠のど真ん中でタイヤがパンクして動けなくなり、かれこれ一ヶ月もその場にとどまったまま。ボイラーを止め、エネルギーを無駄にしないようにしながら、じっと好機を待っている。そんなある日、ヤレーは遠くに〈四角翼〉の大群を見つけた。別の船が近づいているしるしだ。貨物船か? ついに脱出のチャンスが来た! ヤレーと〈カレーナ〉は戦いの態勢を整える……。戦いが終わり、船の残骸と死体を漁っていると、クレーンに引っかかったのは、まだ生きている少女だった……。

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〈モンド9〉の砂漠の上で船が立ち往生しても、もちろんJAFは呼べない。では、どうする? 他の船が通りかかるのを待って、襲い掛かる! 私たちの世界の倫理観など通用しない別世界、錆と腐敗が支配する世界での生き残り術。金属は錆びていき、肉は腐っていく。ただそれだけの世界。他には何もない。生きるために手段を選んではいられない。悪名高い〈カレーナ〉とその“姉妹”ヤレーの「普通の」一日は、よく考えると(よく考えなくても)グロテスクで酷い状況なのですが、それが詩的に語られていて、美しいとさえ感じてしまいます。〈カレーナ〉が貨物船を襲う様子も、細かく描写され、臨場感たっぷり。船から乗員へのコミュニケーションは、本編『モンド9』の「カルダニカ」にも登場した音楽用シリンダーによる音声通話で行なわれます。『蒼き鋼のアルペジオ』(イタリア語版コミックは、このスマレ氏が翻訳しています)のメンタルモデルみたいな擬人化も大好きなのですが、こういうアナクロで面倒なコミュニケーションも味があります。10ページほどの短編ですが、ぴりりと辛い、印象的な作品です。本編よりもグロ度が増している気も…。扉イラストは、もちろんフランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)。

なおイタリア語のsorellaは英語のsisterと同じく、妹/姉の区別がありません。この作品では〈カレーナ〉とヤレーのどっちが妹で姉なのか、ちょっと気になりました。

著者のスマレ氏は、日本語の作品も書いています。井上雅彦編『ひとにぎりの異形』(光文社文庫、2007年)に収録されたショートショート「鉄と火から」がそれです。興味のある方はぜひ!



ラベル:イタリア SF
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2015年08月17日

L'età sottile



イタリアの幻想作家Francesco Dimitri(フランチェスコ・ディミトリ)の長編第4作であり最新作のアーバンファンタジー『L'età sottile(希薄な年齢)』。

現代のローマ(とポルトディマーレ)を舞台にした、魔術の習得に青春をかけた少年少女の物語。といえば、ハリー・ポッターを思い出すかもしれない。大きな違いは本書が“リアル”だということ。呪文を唱えて魔法の杖から光線を出したりしないし、杖に座って空を飛んだりもしない。杖は登場するが、墓場に生えたネミの樹の枝を折り取り、手順にしたがって杖を作り、それを聖化する。ネクロマンシーの儀式も登場するが、ぼやけた姿の霊が登場することはない。“そこに死者がいる”という強烈な超感覚的知覚があるだけ。霊的攻撃やアストラル界での攻防は、華麗さのかけらのないグロテスクでおぞましいものだ。そして魔術の道はとてつもなく孤独で厳しい。この道を選ぶということは、これまで生きてきた世界を捨てるということなのだ。

著者フランチェスコ・ディミトリはオカルティズムの研究家でもあり、本書で使われている魔術は、意思と想像力を基盤とした、おそらくアレイスター・クロウリーやエリファス・レヴィ(本書に登場するマスターの名はレヴィ)などの歴史的でリアルな近代魔術である。

14歳の夏のヴァカンスで初めて失恋をした少年グレゴリオ。海辺で謎の老人レヴィと出会う。2年後のヴァカンスでレヴィと再会。魔術師だと名乗るレヴィは、弟子にならないかとグレゴリオを誘う。疑わしく思うグレゴリオだったが、巧みな話術に乗せられるままに、いつしか魔術師の道に足を踏み入れてしまう。それは、もはや後戻りのできない、想像を絶するほど残酷な道だった。

本書は3部構成。第1部はいわば入門編。ヴァカンスの地でグレゴリオが魔術の道に足を踏み入れるまでが描かれる。母の死による父との不和、父の再婚などで家庭内に居場所のないグレゴリオ。心を許せるのは姉サラと、恋人キアラだけ。毎年ヴァカンスで訪れる海辺の村の友人たちとバンドを組み、聴くに堪えないへたくそな演奏を行なったりして、のん気なヴァカンスを楽しみながらも、レヴィの家に通い、魔術を教わっていく。はじめは魔術などほとんど信じていないグレゴリオだったが、「信じているふりをするだけでいい」とのレヴィの言葉に従っていくうちに、少しずつグレゴリオの日常は変っていく。そして友人の悩みについて行なったタロット占いをきっかけに、大変な事件が起こる。

第2部は修練編。ヴァカンスも終わり、舞台は秋のローマ。実はレヴィの弟子はグレゴリオだけではなく、他に4人いた。レヴィは自分の弟子は4人だと決めており、グレゴリオの代わりに誰か一人を破門しなければならない。レヴィは残酷にも、それをグレゴリオに強制的に決めさせる。誰を選んでもしこりは残る。このせいでグレゴリオは残った弟子3人から疎んじられるし、追い出された元弟子との確執はその後も続いていく。さらには、これまで生きてきた世界との断絶を感じ、孤独を感じ、秘密を抱えているために恋人ともうまくいかなくなる。それでもグレゴリオは魔術の道をやめない。次第に他の弟子3人とも打ち解けていき、魔術の修行は続いていく。そんな折、底の見えない暗い深淵に引っ張られるヴィジョンを見る。グレゴリオは得体のしれない恐怖と不安を覚える。

3部は実践編。“敵”との攻防。陰鬱な殺し合い。絶望的な戦いを余儀なくされる少年少女たち。

お祭りのような派手な『Pan(パン)』もすごいと思ったが、本書も傑作。派手ではないが、じわじわと襲いくる感じがたまらない。魔術の道を進むということは、これまでの生き方にはもう戻れないということ。自分が魔術師の弟子だということは絶対の秘密である(破れば即破門)。そのせいで恋人とは別れることになる。他の魔術師の悪意にも、自らの力で立ち向かうしかない。友人は同じ道を進む魔術師の弟子たちだけ。これでもかといわんばかりに魔術師の弟子が歩く道は暗い。暗い中を自らの意思で選択し、進む方向を決めなければならない。それでも世界の神秘を知りたいという知的好奇心に動かされ、歩みを止めない。魔術の儀式については精緻に詳細にリアルに描写されているし、霊的戦いについてはいつもながらのディミトリの容赦のない過酷な展開だ。あっけなく人は死ぬ。第3部の霊的攻防は派手さがない分、恐ろしさが真に迫っている。本当に怖い。一人称小説ということもあり、主人公の少年の心情が丹念に描かれていて(特に孤独感、喪失感、自己卑下など、彼の苦しみが)、苦しいほどに胸に迫ってくる。見事な青春小説だ。

実は、長編2作目『Pan』や3作目『Alice nel paese della vaporità(蒸気の国のアリス)』のつながりがさりげなく示されていて、『Alice nel paese della vaporità』のミヤモトや『Pan』のミケーレのことが、本書でそれとなく語られている。いつものダゴンも名前だけ登場する。そうじゃないかと思っていたが、著者の作品は全部つながっているのは間違いない。ディミトリの全長編の中では、実は『Alice nel paese della vaporità』が一番の異色作で変則作。いくつかのアイデアは面白いけれど、全体としてどうかと言えば物足りない。『Alice nel paese della vaporità』は、無数に存在する世界における別世界の物語サンプルという感じなのだろう。

本書タイトルの「L'età sottile」(希薄な年齢)は、本編に登場する「まだあらゆる可能性を持っている希薄な年齢だ」という台詞から取られている。また、魔術において物質的な身体と異なった、エーテル体やアストラル体のような“精微な身体”(corpo sottile)ともおそらくは関連している。

あと気づいたのは、ディミトリの作品ではなぜかいつも姉と弟、兄と妹の関係が重視されていること。『La ragazza dei miei sogni』は主人公と妹カミッラ、『Pan』では三きょうだい、『Alice nel paese della vaporità』ではベンと妹リッリ、本作ではグレゴリオと姉サラ。グレゴリオは自分の命をかけて姉サラを守ろうとする。親子関係はうまくいってないとしても(というより、うまくいっていないからこそ)、異性のきょうだいとの心のつながりが非常に強い(恋人よりも)。この点は少し気になっている。

ラベル:幻想 イタリア
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2015年07月24日

urania

イタリアの月刊SF叢書Uraniaが、外国向けの定期購読サービスを止めた模様。いつもなら今頃は購読継続のお知らせが郵送されてくるのだけれど今年は音沙汰がなく、サイトの購読可能リストからもUraniaと姉妹シリーズUrania Correzioneが消えている。まあ電子書籍版がネット書店で買えるので一応は問題ないのだけれど、ずっと紙版を買っていたのでなんだか悲しい。

Uraniaには他にもいくつか姉妹シリーズがあって、その一つ、季刊のUrania Millemondiから、Dario Tonani『Mondo9』とその新シリーズの合本完全版『Cronache di Mondo9』が8月に発行されます。Millemondiでイタリアの作家が刊行されるのははじめてだそうです(いつもは英米の作家)。ブックトレイラーもアップされています。楽しみです。





ラベル: SF イタリア
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2015年07月16日

La ragazza dei miei sogni



『La ragazza dei miei sogni(ぼくの夢の女)』(Gargoyle books, 2007年)

イタリアの幻想小説家フランチェスコ・ディミトリ(Francesco Dimitri)の長篇第一作。ニ作目『Pan(パン)』や三作目『Alice nel paese della vaporità(蒸気の国のアリス)』については、別の場所で紹介文を書いたことがあるのでそちらを参照のこと↓
『Pan』http://www.c-light.co.jp/modules/column/index.php/kubo_40/kubo_40_15.html
『Alice』http://www.c-light.co.jp/modules/column/index.php/kubo_40/kubo_40_05.html

現代のローマ。内向的な「ぼく」は大学の助手で、つまらない日々を送っている。女友達のマルゲリータに恋をしているが、もう何年も気持ちを打ち明けられないままだ。彼女が自分の恋人になった空想に浸って悦にいることしかできない。そんな「ぼく」の夢の中に、いつしか不思議な女性が現われるようになった。明らかにマルゲリータではなく、別の知らない女性だった。その女性に犯される夢まで見るようになる。「ぼく」はベッドの上で動けないままに犯される。恐怖と喜びの入り混じる感情。これは本当に夢なのか?

夢の中だけではなく、昼間も時折その女性を目にするようになる。彼女は現実に存在するのか? 白昼夢なのか? 妄想なのか? 気が狂ったんじゃないかと不安に思う「ぼく」は、高校時代の旧友であるパンクロッカーで“魔術師”のダゴンに相談する。そしてルームメイトにマルゲリータを横取りされた夜、「ぼく」は夢の中の女性ソフィアと実際に出会った。彼女は本当にいた。ブロンドでゴスファッション、自由で何ものにも縛られないエキセントリックなソフィアと「ぼく」はすぐに恋人どうしになる。だが、なぜかダゴンはソフィアをよく思わず、「あの女とは別れた方がいい」と忠告してくるが、「ぼく」は聴く耳を持たない。そして「ぼく」の周りで奇怪な事件が起こり始める。

200ページほどの短めの長編。アーバン・ゴシックホラー。愛と魔術の物語。タイトルと、表紙に使われた画家フュースリーの絵から、ソフィアの正体はたやすく予想がつくだろう。太古から世界に潜んでいる異形のものたちの存在と、人の“魔力”がそうした得体の知れないものに形を与え、肉化させるというモチーフは、『Pan』や『Alice nel paese della vaporità』とも共通する。というよりこれがプロトタイプ。そして『Pan』にも登場したパンク魔術師ダゴンが(『Alice nel paese della vaporità』では名前だけ登場)、キーパーソンとして登場。主人公以上の圧倒的な存在感を示している。その名から分かるように、もちろんラブクラフトのオマージュ。パンクバンド“Thelema Abbey”(バンド名は魔術師アレイスター・クロウリーがシチリアに開設した僧院から)を率いて、「おまえは星だ!すべての男と女が!」とクロウリーにインスパイアされた歌詞の歌を歌い、主人公を魔術の秘儀でサポートする。使用する秘儀もクロウリー魔術である。

なお映画化が進行中で、2015年に完成予定らしい。これは楽しみ。

ラベル:イタリア 幻想
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2015年05月28日

Alla conquista della luna

エミリオ・サルガーリの短篇小説「月征服」(Alla conquista della luna)。原文は著作権切れのイタリア語作品を集めたliberliber(http://www.liberliber.it)で読めます。発表年は不明。

時は19世紀末、2人の老科学者がカナリア諸島のとある小さな島で怪しげな実験を行なっていた。島民は興味津々で2人の行動を観察する。実は2人は月へ行くための飛行機械を組み立てていたのだ。

その飛行機械とはこんな感じ。
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(『Dalla Terra alle Stelle: Tre Secoli di Fantascienza e Utopie italiane(地球から星々へ:イタリアのSFとユートピアの三世紀)』から)

ドーム型でプロペラがついた飛行機械だ。外側に貼られた特殊な鏡で太陽光を受けて、光を熱に変え、水を沸騰させて動力にする(太陽光による蒸気機関といえる)という仕組みらしい。この動力を使ってプロペラを回し、空に飛び立つというわけだ。島の住民たちが見守る中、2人の乗った飛行機械はプロペラを回して上昇、大気圏を突破して月へ向かう。それから2人はどうなったのか? 無事に月へ着けたのだろうか? 

同著者の『二十一世紀の驚異』でもそうだったが、どういう仕組みで機械が動くのかとか、大気圏を越えるとどういう問題が生じるのかとか、きちんと書かれていておもしろい。

ラベル: イタリア SF
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2015年05月08日

Ultima. La città delle contrade



カルロ・ヴィチェンツィの長編SF『ウルティマ:地区都市』(Carlo Vicenzi, Ultima. La città delle contrade, Dunwich Edizioni, 2014)の紹介。
 
世界大戦争により世界は崩壊した。時が過ぎ、生き残った人々は〈ウルティマ〉と呼ばれる都市で暮らしている。都市を取り囲む壁の外には、どこまでも廃墟が広がっている。〈ウルティマ〉はいくつかの地区に分かれて、それぞれ独自の自治が行なわれている。だが、地区対抗の競技大会〈パリオ〉が毎年開催され、この〈パリオ〉に優勝した地区が一年のあいだ、都市〈ウルティマ〉全体を統治する権力を手にする慣わしだった。

〈パリオ〉では、レースや格闘競技など、何種類かの競技が行なわれ、優勝地区が決定される。試合においては、相手を傷つけることが堅く禁じられている。その決勝戦で、〈西地区〉代表のデメトリオ・ディサンティは、〈聖十字地区〉代表に重傷を負わせてしまう。手にしていた「武器」には殺傷能力などないはず。なのになぜ? デメトリオは殺人未遂罪を宣告され、すべての持ち物や財産は没収され、地区を追放されてしまった。どの地区にも所属しない〈地区なし〉になったデメトリオに行くあてはない。デメトリオは、決勝戦の際に自分に武器を手渡してくれた赤毛の女に疑いを抱く。あのときに武器をすりかえられてしまったのではないか? そんなデメトリオを救ったのが〈カラス地区〉のスパイであるヴェロニカだった。彼女に拾われたデメトリオは、発明家のミランダ、さらにはデメトリオと同じく赤毛の女の罠にはまって自分の地区を追放されたイアゴとともに、〈母様〉と呼ばれる赤毛の女の陰謀を探る。だが、〈ウルティマ〉の今年の統治地区である〈聖十字地区〉のリーダーとなった〈母様〉の部隊が、デメトリオたちの隠れ家を強襲し、デメトリオたち四人は命からがら〈ウルティマ〉の壁の外に逃れた。

このまま彼らは廃墟の中で生きていかなければならないのだろうか? だがデメトリオは〈母様〉への復讐を決意する。自分と同じような〈地区なし〉たちを集め、新しい〈地区〉を作り、次の〈パリオ〉に参加して、正々堂々と権力を奪取してやる!と。こうしてデメトリオたちの反撃が始まった。 

〈ウルティマ〉の〈パリオ〉は、実際にイタリアのいくつかの町で行なわれている伝統的な地区対抗競技大会(競馬が多い)のパリオが元になっている。著者あとがきによれば、この作品には著者の暮らしている町、フィナーレ・エミリアのパリオへの思いが込められているそうだ。作中の都市〈ウルティマ〉の名(「最後」という意味)も、このフィナーレ・エミリアの「フィナーレ」から取られている(というより、フィナーレ・エミリアの架空の未来の姿と考えた方がいいかもしれない)。

ハイパーテクノロジー文明は、大戦争により崩壊した。〈ウルティマ〉を支えているエネルギーは蒸気である。いわゆるスチームパンクの世界だ。デメトリオは、ミランダの作った蒸気駆動の〈腕〉をつけている(表紙に描かれているごつい腕が〈腕〉だ)。人力をはるかに凌ぐ〈腕〉は随所で活躍を見せてくれる。蒸気馬車のレースをはじめ、多彩な〈パリオ〉の競技での派手なバトルは楽しいし、個性豊かなメインキャラ四人がそれぞれ過去を乗り越えて新しい未来をつかむという筋の流れには爽快感がある。展開のはっきりした、読みやすくて楽しいスチームパンク冒険活劇だ。イタリアの伝統とスチームパンクの融合した本書の作者はカルロ・ヴィチェンツィ。これが長編デビュー作。現在、電子書籍Delos Digitalから、ファンタジーシリーズ「i Cento Blasoni」を刊行中。

ラベル: SF イタリア
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2015年04月25日

『Mono no Aware e altre storie』



先日、ケン・リュウ(Ken Liu)短篇集『紙の動物園』(古沢嘉通訳、早川書房)が発売され、話題になっていますが、イタリアでも電子書籍叢書〈Future Fiction〉から短篇集『Mono no Aware e altre storie』が発売になりました。以前、イタリアの季刊SF雑誌『Robot』66号(2012年)に短篇「紙の動物園」が掲載されたことがありますが、収録数(4篇)は少ないものの短編集が出るのはイタリアでも初めてのことです。収録作品はイタリア語タイトルで「Simulacro」「Mono No Aware」「Restare indietro」「Del tutto altrove, vaste mandrie di renne」)。原題は、それぞれ「Simulacrum」「Mono No Aware(邦題:もののあわれ)」「Staying Behind」「Altogether Elsewhere,Vast herds of Reindeer(邦題:どこかまったく別な場所でトナカイの大群が)」。

また、『Mono no Aware e altre storie』刊行記念としてインタビューも行なわれたようです。
http://www.futurefiction.org/en/future-fiction-intervista-ken-liu/

サイトの右上の国旗をクリックすれば、イタリア語/英語の切り替えができます。

ラベル:SF
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2014年08月23日

グラフィックノベル版『Eymerich』



『La dea. Nicolas Eymerich inquisitore』(女神:異端審問官ニコラス・エイメリック)全2巻(イタリア語版。オリジナルはフランス語版)。イタリアの作家Valerio Evangelistiの書いたEymerichシリーズ1作目の『Nicolas Eymerich inquisitore』のグラフィックノベル版です。スクリプトはJorge Zentner、絵はDavid Sala。下巻がずっと品切れで(絶版?)、先日、とあるネット古本屋で見つけて、ようやくイタリア語版が全2冊揃いました。

両巻とも48ページ。ダイジェスト版ですが、主なシーンは押さえられています。ともかく、あれやこれやが絵になっていて楽しい。原作小説では、中世・現在・遠未来の三つの物語が平行して進んでいくのですが、このグラフィックノベル版では、現在篇はほとんどカットされているのが残念。まあ中世篇と遠未来篇のつなぎみたいな位置づけで、説明中心なのでカットしたのかもしれません(とはいえ三つの話がリンクし、現在篇のラストの交霊術で起こるあれこれは絵にするとおもしろそうなのですが)。

中身はこんな感じ。
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小説版の紹介は以前書きましたが(http://www.c-light.co.jp/modules/column/index.php/kubo_40/kubo_40_03.html)、現代イタリアSFを語るには絶対に外せない金字塔的作品です。最初の刊行年(Urania版)が1994年ですので、すでに20年前の作品ですが、まったく古びていない傑作です。翻訳されることを切に願っています。



第1巻から3巻まで収録された合本『L'ombra di Eymerich』も刊行されています。


グラフィックノベル版の続編『Nicolas Eymerich Inquisitore. Il corpo e il sangue』も出ているようです(原作は『Il corpo e il sangue di Eymerich』(エイメリックの血と肉))。


ラベル:イタリア SF
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2014年07月05日

Alia Evo

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電子書籍の幻想小説アンソロジー『Alia Evo: Antologia di narrativa fantastica internazionale』が発売されました。イタリア作家を中心に多数の幻想小説が収録されています。

この『Alia Evo』は、かつて刊行されていた『Alia』の後続誌にあたります(というより復活・進化したのが『Alia Evo』か)。

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上記の画像はうちにある『Alia』各号です。私はイタリアものが載っている号しか買ってなかったのですが、『Alia』ではイタリアの作品のみならず、日本のSFや幻想小説が積極的に取り上げられていました。1〜3号まではイタリア‐日本‐英米の3部構成、さらに4号以降はそれぞれ地域別に「italia」「giapponese」「anglosfere」の3分冊スタイルで刊行されていました。残念ながら2011年の『Aria storie』(この号は地域別の分冊ではなく1冊のみ。シンガポールの作品も4本掲載)をもって休刊となりました。

今回、この『Alia』が、電子書籍『Alia Evo』として復活したわけです。ちなみに『Alia』の監修者の一人であり日本作品の翻訳者でもあるMassimo Soumaré氏は、今回の『Alia Evo』でも短篇を書いています(「La Clinica dell’arcobaleno」)。また日本からは、神野オキナ氏が「La residenza sicura Mikasa!」で参加しています。

復活したAlia、今回は長く続いてほしいものです。日本のAmazonでも買えますので、Kindleをお持ちの方はぜひぜひ!

Alia Evoのサイト: http://aliaevolution.wordpress.com/
Aliaのサイト: http://www.arpnet.it/cs/alia/alia.htm




ラベル:イタリア SF
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2014年06月15日

miserable

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巷はMondo9(Dario Tonani著)の新シリーズの最終章「miserable」(第5章)刊行で盛り上がっているようなのだけれど、まだ1章しか読んでいない……。全部買ってはいるのだけれど。電子書籍だと積読がはかどってはかどって。ひととおり読んだら紹介します。とりあえず全章の表紙だけ並べてみました。壮観です。

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posted by こにりょ at 01:49| Comment(0) | イタリア語の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月05日

Tutti i mondi di Mondo9

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Mondo9の公式アンソロジー本『Tutti i mondi di Mondo9』(Delos Digital)が発売されました(電子書籍のみ。各ネット書店で販売中。日本から買えるのは、ibsとかdeastoreとか、あと版元のdelosstoreとか)。他作家の書いたMondo9の短い二次創作作品が81篇、あとトナーニ本人の作品1篇が収録されています。以前『Robot』誌に掲載された20篇も収録です。
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2014年02月15日

Livido



久々に「イタリアの本棚」の更新です。今回はフランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)のSF『Livido』(Delos Books)です(リンクはこちら→Link

ゴミが溢れた世界で、ゴミをリサイクルして生計を立てる主人公ペーター・ペインズが、アンドロイド“ネクスマーナ”の女性アルバに抱く愛の物語であると同時に、ペーターとその兄チャーリーの複雑な兄弟関係の物語であり、憎しみと復讐の物語です。キップルや、オリジナル/コピー等、設定やモチーフにディックの影響が感じられるとはいえ、読んでいけば分かりますが、それだけに終わらず、独創性に満ち溢れた作品です。

造語が出てくると、いつもその由来が気になるのですが、このネクスマーナ(nexumana)は、nexus もしくはnext、それにイタリア語の人間umano/aをつなぎ合わせたそうです。なお、nexusは、ディックのアンドロ羊のネクサス6型から取られたとのこと。

ブックトレイラーもあります。



以下、『Livido』の関連情報です。

Robot70_s.jpg
SF雑誌『Robot』70 号(Delos Books)では、Lividoの世界を舞台にして他の方が執筆したスピンオフ・ショート・ストーリーが13本掲載されています。同じようなことはMondo9でもやっていましたね。

EUROPA SFのサイトに掲載されたインタビュー(英語)
http://scifiportal.eu/francesco-verso-italian-speculative-fiction-writer-interviewed-by-cristian-tamas/

フランチェスコ・ヴェルソのオフィシャルサイト
http://www.francescoverso.com/

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2013年11月15日

L'algoritmo bianco

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久々の「イタリアの本棚」の更新。今回はダリオ・トナーニ(Dario Tonani)のSFノワール『L'algoritmo bianco』です(■リンクはこちら→)。

ちょうど同著者『Mondo9』の訳出作業ラストスパート中ですので、この勢いで次回の「イタリアの本棚」もトナーニ作品を取り上げるかもしれません(Toxic@かも。まだ決めてませんが)。今回の『L'algoritmo bianco』は、『Infect@』に続く近未来ミラノのSFノワール。サイバーパンクに分類される作品ですが、それよりも体を張った肉体アクションの方が印象的でした。血が出たり、骨折れたり。その辺はまさにトナーニ節なのでしょう。おまけになんだかディックっぽい部分も時々。『アルファ系衛星の氏族たち』が登場するし、抗ウイルス薬になるまともな文章がなくて、缶詰や食品パッケージの説明書きや成分表を読んで、なんとかウィルスの活動を抑えようとするところなど、状況はまったく違いますが『ユービック』をふと思い出しました。

ぜひ翻訳したい一作ですが(とはいえ出すなら絶対『Infect@』が先でしょう)、時々出てくる言語表現がちょっとやっかいで、

例えばこんなのとか。
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こんなのとかも。
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「こんなセリフ、日本語にするの無理」と思いつつ、同時に「そもそも無理なのだから、いろいろ遊べる、実験できる」と思ったり。
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2013年08月30日

Sironi版『I biplani di D'Annunzio』

前回に続いて『I biplani di D'Annunzio』の別ヴァージョンについて。今回はSironi版です。Delos Books版はUrania版にラスト数章を追加したということでしたが(それ以外は同一)、Sironi版はちょっとややこしくて、Delos Books版にあるラスト数章はついているのですが、Urania版全体に渡ってちょこちょことかなりの細かい修正が加えられています。

※以下『時鐘の翼』の内容に踏み込みますので、未読の方はご注意ください。

i biplani_2.jpg

登場人物のイメージに大きく関わる変更もありまして、例えば冒頭、飛行中のシュターケンの翼の上に整備士が出ることになった場面。この無慈悲な命令にマッテオは整備士のことを「かわいそうに」と思うのですが、Sironi版ではこれに一文追加されていて、「でも結局は他人事だから、まあいいか、そんなことより自分の風邪の具合の方が重要だ」とマッテオは考えます。

他にもハンスがグレーテルの屋敷の転送ルームに閉じ込められた場面。Delos Books版(Urania版でも)では、開かない扉に向けて銃を全弾撃ちつくすのですが、Sironi版では、撃とうとしたけれども、もし弾がはね返ってきて怪我したらと考えると恐くなってしまいハンスは一発も撃つことができません。

Urania版がオリジナルであり、Sironi版で全体に細かく手を加えた上、新たにラストの展開を付け加えた、そしてDelos Books版ではラストの追加部分は残し、それ以外の部分をUrania版のものに戻したということでしょうか。こうした変更がどういう理由によるものなのか、はっきりとしたところはわかりません。
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2013年08月29日

Urania版『I biplani di D'Annunzio』

『時鐘の翼』の原書『I biplani di D'Annunzio』にはいくつか異なる版があります。最初に刊行されたのがSF雑誌『Urania』1296号版(1996年)、次がTodaro Editoreからの単行本(2002年)、そしてSironi版(2006年)、さらには電子書籍のDelos Books版(2010年)の4つです。邦訳『時鐘の翼』はこの最後のDelos Books版を原本にしています。

Todaro Editore版は未入手なので未確認ですが、それ以外の3つの版を比べてみると、中身がまったく同一というわけではありません。以下、どこがどのように異なるのか簡単に記しておきます。

※なお『時鐘の翼』のネタバレがありますので、未読の方はご注意ください。

i biplani_1.jpg

まずは最初のUrania版。これはDelos Books版(つまり邦訳版)と大きく異なり、24章以降がありません(それまでは両者はほぼ同一)。マッテオとフラヴィアがワーバートンらを救出し、ゲーリングをこの時代に連れて来ていることを伝えた後、文章が数行付け加わって(〈ベル・エポック〉に犯行を認めさせる見事な作戦計画を作成した、ということが数行で簡単に述べられている)、そのまま33章、エピローグへと続いていきます。

つまりUrania版では、連れてきたゲーリングが〈ベル・エポック〉の犯罪行為の決定的証拠となって事件は解決するようですが、具体的にどのように解決したかは語られません。もちろん、ディ・ミケーレの大暴れや、マッテオとアンジェリカの冒険、クロアチア警察の警部登場、気象衛星〈ピョートル大帝〉の破壊といったシーンはすべてありません。

マッテオたちのゲリラ作戦がじっくりと緻密に描かれた前半も好きですが、ドタバタ喜劇の雰囲気も強い後半のスピーディーな展開も好きなので、いい追加だと思います(もしくは、考えてはいたけれど何かの事情でカットしたのかも)。
posted by こにりょ at 11:41| Comment(0) | イタリア語の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月20日

pan



出版社シーライトパブリッシングのサイトの「イタリアの本棚」でイタリア未邦訳の書籍を紹介しています。今月はFrancesco Dimitriの『Pan』です。あらすじ紹介はこちらへ(→リンク)。

あらすじ紹介には書きませんでしたが、後半オカルティストでパンク青年のダゴンが登場、もちろん名前の元ネタはクトゥルフ神話。結構重要な役を演じています。ディミトリの作品は、いろいろ詰め込まれていながらも口当たりが軽くて結構気に入っています。
posted by こにりょ at 19:20| Comment(0) | イタリア語の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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