2016年05月25日

トナーニ短篇集の表紙

文学フリマ札幌で頒布する、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)短篇集『明日は別の世界』の表紙を作りました。表紙イラストは、『モンド9』表紙を手がけたフランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)さんです。文字サイズ等、まだ多少修正するかもしれませんが、基本的にはこんな感じです。

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2016年04月13日

ダリオ・トナーニ短篇集収録作

ダリオ・トナーニ短篇集『明日は別の世界』(仮)の収録作を簡単に紹介しておきます。各タイトルはまだ仮のものです。

「赤い海泡石」(Schiuma rossa)
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2013年ロボット賞受賞作(雑誌『Robot』が毎年公募しているSF短篇賞。プロ・アマ、誰でも参加できる)。ドゥカティで囚人移送中の警官が立ち寄った村(元は海の底だった場所にある)は、夕方になるといつも現れる謎のプロペラ戦闘機の襲撃を受けていた。警官は拳銃を手に立ち向かう。未来の干からびたアドリア海を舞台にした、ウェスタン風の作品。以前に本プログでも紹介しました。
http://tsukimidango.seesaa.net/article/364671097.html


「歩く者、アブラーチェ」(Abrace il Camminatore)
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特殊な〈蒸気〉によって光と熱を与えられ、都市イリリオンは機能する。この都市に定期的に〈蒸気〉を補充していたアブラーチェは数十年前に姿を消し、今はその役目を商人ファレーナが引き継いでいる。だが今、アブラーチェが帰ってくるときが来た。ジェフ・ヴァンダーミア編のスチームパンク・アンソロジー『Steampunk!』のイタリア語版に収録。


「痙笑」(Risus sardonicus)
釘にとりつかれた兄と、その妹。山小屋で孤独に暮らす二人は、狂気の淵に落ちていく。幻想ホラー色の強い80年代の作品ですが、血肉と金属と錆というモチーフは、著者の今の路線にもつながります。1989年トールキン賞受賞作(イタリアの幻想短篇作品に与えられる賞)で、諸事情によりしばらく未刊行のままでしたが、2007年になってようやく出版社DelosBooksのWeb雑誌『Delos Science Fiction』101号(紙版もあり)に掲載されました。原文は以下のサイトで読めます。
http://www.fantascienza.com/9336/risus-sardonicus


「プラスティック都市のかけら」(Schegge di una città di plastica)
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クモの巣のように張られた無数のケーブルで吊られた都市。そこでは各人に重量制限が課せられている。都市の支柱やケーブルを掃除する作業員のミシャとステファンは、偶然見つけた古びた昇降機で下に降りていく…。吊るされた都市のイメージは強烈です。


「朝のほこりだらけの貝殻」(Le polverose conchiglie del mattino)
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自動車と人間の共生体〈ヤドカリ〉と、テクノロジーに敵意を向ける〈ノー・テック〉との熾烈な争い。その先に見えてくる異様な未来のヴィジョン。トナーニ節炸裂の一品です。

刊行をお楽しみに。

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当選

7月23日開催の文学フリマ札幌の出店の抽選が行なわれましたが、「イタリアSF友の会」は運よく当選し、参加できることになりました。というわけで、改めて告知。頒布予定の同人誌は、今のところ以下の通りです。

■ダリオ・トナーニ短篇集『明日は別の世界』(仮題)
文庫サイズ・250頁くらい・オンデマンド印刷
収録作:(邦題は仮)
「赤い海泡石」(Schiuma rossa)
「歩く者、アブラーチェ」(Abrace il Camminatore)
「痙笑」(Risus sardonicus)
「プラスティック都市のかけら」(Schegge di una città di plastica)
「朝のほこりだらけの貝殻」(Le polverose conchiglie del mattino)

『モンド9』を面白がってくださった方にはきっと面白がってもらえるのではないかと思います。短篇集タイトルはトナーニ氏の案を採用(『風と共に去りぬ』の台詞のもじり)。で、こつこつと翻訳を進めています。というわけでお近くの方も遠くの方も、よろしくお願いいたします。

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2016年03月11日

イラストコンテスト

イタリアで、Mondo9のイラストコンテストがある模様です。主催はVaporosaMente、スチームパンクのイベント団体で、著者のDario Tonani氏とイラストレーターのFranco Brambilla氏が協力しています。題材は1)船部門、2)登場人物、クリーチャー部門、3)環境、風景部門、の3つ。審査員は上記の二人と、コミックアーティストのMassimo Dall'Oglio氏です。締め切りは4月9日。で、5月22日のスチームパンクイベント〈VaporosaMente〉で各部門の優勝作品と、さらに総合優勝者を発表。総合優勝者にはMassimo Dall'Oglio氏のサイン入りオリジナルイラスト。各部門の優勝者には、著者サイン入り『Cronache di Mondo9』(Franco Brambillaの手書きイラスト付)、著者二人のサイン入り『The Art Of Mondo9 - Chronicles and Concepts』、イベントで使用できる30ユーロ相当の金券だそうです。おもしろそうだけれど、日本から応募できるのかどうかは不明。
http://vaporosamente.blogspot.jp/2016/02/contest-dillustrazione-immagini-da.html

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2016年03月08日

イベント

もう少し先の話ですが、7月23日の「文学フリマ札幌」に、個人サークル「イタリアSF友の会」として参加予定です。著者の協力を得て、翻訳同人誌「ダリオ・トナーニ短篇集」を頒布予定(小部数ですので、オンデマンド印刷です)。収録作品は「Schiuma rossa」「Abrace il Camminatore」「Schegge di una città di plastica」「Le polverose conchiglie del mattino」「Risus sardonicus」の短篇5作品。表紙イラストは『Mondo9』イラストのフランコ・ブランビッラ氏に描いていただきました。翻訳は、地道に進めています……。関心のある方はどうぞよろしく。詳細はそのうちに。

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2016年02月08日

ネット上で読めるDario Tonaniの短篇

インターネット上で、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)のショートショートや短めの短篇がいくつか無料で読めますので、簡単にまとめておきます。

■Soldato Jordan(兵士ジョーダン)
http://www.fantascienza.com/13991/soldato-jordan

1979年刊行のDan Dastier著『L'antimondo di Vega』におまけとして収録。当時トナーニ氏は20歳頃というごく初期の作品。兵士ジョーダンが戦っている兵士はいったい…?戦争の不条理さが描かれている。

■Action Writer(アクションライター)
http://www.fantascienza.com/16057/action-writer

2012年の作品。この『Delos Science Fiction 141』のための書き下ろし。ミラノの夕暮れ。アパートの一室で黙々と執筆を行なっている作家。そして、屋根の上でそんな光景を眺めている者たち。彼らが手にしている物品は、どうもちぐはぐで……。読んでいくうちに「ああ、こういうことなのか」とわかって、ニヤリとさせられる。

■Silvestroscopio(シルベスター・スコープ)
http://www.next-station.org/fe-sty-d.php?_i=230

これは長篇作品『Infect@』『Toxic@』のスピンオフ作品(2011年)。これらを読んでいないとわかりにくいと思いますので、設定を簡単に説明しておきます。近未来のミラノでは、特殊な光学ドラッグが大流行。でもそれには、カートゥーンのキャラクターが実体化してしまうという副作用があった(ロジャーラビットがもっと肉っぽくなった感じを考えてもらうとわかりやすいかも)。そんなわけで、さまざまなキャラが、奇妙な肉質の体を持ち、そこらじゅうに溢れかえってしまう。キャラはしゃべれないが、コミックのふきだしのようなものを使って人間とコミュニケーションが取れる。また、キャラの肉体にはセル画(“胎盤”と呼ばれる)が埋まっていて、それを取り除くと、その肉体はぶよぶよになって、キャラは死んでしまう、といったことが基本設定。

この短篇「Silvestroscopio」(シルベスター・スコープ)には、ルーニー・テューンズのキャラクター、シルベスター・キャットが登場。胎盤処理施設に忍び込み、積み上げられたカートゥーンキャラの死体を漁っているひとりの少年。お気に入りのキャラであるシルベスター・キャットの死体を探している。カートゥーンキャラの抜け殻の中に(着ぐるみのように)入ると、カートゥーンキャラの視覚で外界を見ることができるからだ。ようやく見つけ、ひどい腐敗臭のする年老いたシスベスターのぶよぶよの抜け殻の中に入るが、警備員に見つかってしまい……。カートゥーンキャラの目に映る世界の表現が面白い。

■Tauromachia(闘牛)
http://www.minuticontati.com/tauromachia-tonani/

Mondo9の二次創作アンソロジー『Tutti i mondi di Mondo9』(Delos Books, 2014年)の最後を飾る、著者自らによるわずか一ページのショートショートですが、ネットでも読めます。猛り狂った牛と〈継手タイヤ〉の一対一の決闘。観戦する観客の熱狂と興奮。機械の描写なのか肉体の描写なのかわからなくなる、まさにMondo9の世界。


***
ほかにもいくつかありますが、そのうちに。
ラベル:SF イタリア
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2015年09月17日

Future Fiction

イタリアのSF作家で編集者のフランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)がイタリアのRai4チャンネルのTV番組「Wonderland」で語るFuture Fiction(未来の物語)。彼は叢書〈Future Ficton〉のディレクターで、世界の未来SF短篇のイタリア語訳を電子書籍で刊行しています。

http://www.rai.tv/dl/RaiTV/programmi/media/ContentItem-4dabe573-0bc0-457a-998e-eb132e93396e.html#p=0

フランチェスコ・ヴェルソはイタリアの新しい世代のSF作家。代表作は、これまでに本ブログでも紹介したことのある『Livido』や、『e-Doll』『Antidoti umani』など。

ラベル:イタリア SF
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2015年07月31日

ダリオ・トナーニインタビュー訳

delos173cover.jpg

『Delos Science Fiction』173号に掲載された〈ダリオ・トナーニインタビュー〉の全訳を掲載します(ダリオにはOKをもらっています)。抄訳にしようと思いましたが、結局全訳してしまいました。このインタビューは、Mondo9の2シリーズの合本版『Cronache di Mondo9』刊行前の特集企画の一つで、『Cronache di Mondo9』に至るまでの経緯や展開について著者が語っています。まずはイントロダクションで、その後にインタビューが始まります。イントロダクションにはMondo9シリーズの出版史が記されていますが、わかりやすくまとめておきます。

2008年 短篇「Caridanica」が『Robot』誌に掲載
2010‐2012年 「Cardanica」「Robredo」「Chatarra」「Afritania」が電子書籍で刊行(40k Books)
2011年 「Cardanica」の英訳版が電子書籍で刊行(40k Books)
2012年 4つの短編をまとめて『Mondo9』が紙の書籍で刊行(Delos Books)
2013‐2014年 Mondo9第2シリーズである中短編「Mechardionica」「Abradabad」「Coriolano」「Bastian」「Miserable」が電子書籍で刊行(Delos Degital)
2015年8月 Mondo9の第1シリーズと第2シリーズ(第1シリーズと同様、5つの中短篇に間奏を加えてまとめたもの)の合本決定版『Cronache di Mondo9』が刊行(Mondadori社の『Urania Millemondi』から)

では、以下インタビューの訳です。太字がインタビュアーの質問。「」のついた発言がダリオ・トナーニの返答です。わかりにくいと思われる部分には訳注をつけておきました(*1〜*9)。

*  *  *


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ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)、1959年ミラノ生まれ。イタリア最重要のSF作家の一人。ボッコーニ大学で政治経済学を修め、自動車雑誌の記者として仕事を行なう。SF、ホラー、ノワールに情熱を抱き、80年代に小説を発表し始める。2007年には『Infect@』が『Urania』誌の一冊として刊行(*1)、大成功を収める。続いて『L’algoritmo bianco』と『Toxic@』を、同じく『Urania』誌として刊行。さまざまなジャンル誌(『Giallo Mondadori』『Segretissimo』『Urania Millemondi』『Robot』)やアンソロジー(出版社はBietti、Stampa Alternativa、Addiction、Puntozero、 Delos Booksなど)に80本もの短篇を発表。2011年には短篇集『Infected Files』(Delos Books)が刊行。2008年に『Robot』誌に短篇「Cardanica」が掲載されたが、この作品は後に40k Booksから電子書籍として刊行され、アメリカで英訳版の電子書籍も刊行。さらに3つの中篇が書かれ、シリーズが完成。これら4篇はすべて40k Booksから刊行され、どれも長いあいだベストセラーリストに入っていた。その後この4篇は、短い間奏をいくつか挿入して一冊にまとめられ、『Mondo9』としてDelos Booksから刊行された。またDelos Degital(Delos Books社の電子書籍シリーズ)から、さらに5つの物語(3つの中篇、2つの短篇)が刊行(「Mechardionica」「Abradabad」「Coriolano」「Bastian」「Miserable」)。そしてこの8月、Mondo9全シリーズが、Mondadori社の『Urania Millemondi』誌の一冊として、『Cronache di Mondo9』のタイトルで刊行される。このニュースについて、ダリオ・トナーニにインタビューを行なった。一冊の『Urania Millemondi』がまるごと、一人のイタリア人作家の作品で占められるのは初めてのことだ。さらにはフランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)の描いた表紙についてなど、いろいろな情報が聞けた。

(*1) イタリアのSF雑誌『Urania』誌もその姉妹誌『Urania Millemondi』も、ペーパーバックスタイルの雑誌だが、一般的な文芸雑誌(いろいろな作品、記事、コラム等を掲載)とは少し異なり、基本的には一冊に長編一作品掲載なので(時にはアンソロジーだったり、長編一作品+おまけとして他作家の短篇を収録したりすることもある)、雑誌というより叢書に近いかもしれない。例えば、ここで挙がっている『Infect@』は、『Urania』誌1521号に掲載されていて、他にヴァレリオ・エヴァンジェリスティ(Valerio Evangelisti)の短篇一作と数ページのコラムも同号に掲載されている。



インタビュアー:カルミネ・トレアンニ(Carmine Treanni, 『Delos』誌編集者)

 Mondo9シリーズは、2008年の『Robot』誌54号に掲載された短篇「Cardanica」から始まりました。その後、40K社から「Robredo」「Chatarra」「Afritania」の短篇3作が電子書籍として刊行。さらには、この短篇4作に幕間の物語を加えて一冊にまとめた『Mondo9』が、Delos Books社のOdissea叢書から刊行されました。この『Mondo9』をもってシリーズの出版が終わったわけではありませんが、一旦ここで区切っておきましょう。これらの短篇作品は、紙からデジタルになり、それから再び紙の書籍に戻ったわけですが、そのような展開を取ることになると予想していましたか?

「実はまったく予想してなかった。出版の展開としては異例のことだね。『Cronache di Mondo9』の謝辞にも書いたけれど、出版業界の慣習に逆らっていると言ってもいい。そう言えるのは、“電子書籍から紙の書籍へ”という展開(これはMondo9シリーズの成功の証だと考えたい)のためだけじゃない。書店から路上売店に行き着いたからだ(*2)。つまり、より広い平土間席に足を踏み入れたというわけだ。『Urania Millemondi』誌とその読者のタイプからすれば、私の作品は、外国の著者や作品とすぐに比較されることになるだろうね(*3)。Mondo9はこの雑誌とは「正反対」だから、「9」がひっくり返ってしまわないか心配だ……なんてね、冗談だ、そんなことは絶対にないよ!」

(*2) イタリアでは雑誌は、屋台のように路上に設置される小さな売店で売られている。『Urania』誌や『Urania Millemondi』誌もこうした売店で販売される。つまり、上質なソフトカバーの書籍『Mondo9』は書店で販売されたが、今回『Urania Millemondi』の一冊(安価なペーパーバック)として刊行される『Cronache di Mondo9』は路上売店で販売されることになる。

(*3) 今回『Cronache di Mondo9』が刊行される『Urania Millemondi』誌では、これまでイタリア以外の著者の作品が刊行されてきた。一冊丸ごと一人のイタリア人作家の本になるのは今回が初めてらしい。

 紙の書籍版『Mondo9』の刊行後、Delos Degitalから、5つの新しい物語が出版されました。中篇3つと短篇が2つ。タイトルは「Mechardionica」「Abradabad」「Coriolano」「Bastian」「Miserable」。ここで電子書籍に話を戻せば、最初から9つの物語を書くことを考えていたのですか? それとも書いているうちにシリーズ化していったのですか?

「「Cardanica」執筆当時(この短篇は、2008年に『Robot』誌に持ち込みするまで、6年間引き出しの中で眠っていた)、シリーズ化のことはまったく考えてなかった。40k Booksが電子書籍版の刊行を決めたときに、シリーズ化の話が出たんだ。「Cardanica」は予想をはるかに超えた大成功を収めた。それで、ほとんどお遊びのつもりだったけど、この短篇を評価してくれた読者のために、一種のボーナストラックを書くことにしたんだ。すぐに7枚の原稿を書いて、それを40kの編集長ジュゼッペ・グラニエリ(Giuseppe Granieri)に渡した。彼は大喜びだったよ。「オーケー。でも、これだけじゃ足りないな。最初のと同じくらいの長さのものがあと3篇ほしいな」と言いさえした。彼はすぐに、余裕のある出版計画を立てた。こうして最初のものが2010年8月に、最後のものは2012年2月に刊行された。一方、Mondo9の第2シリーズ(「Mecardionica」)は、まったく違った仕方で誕生した。最初からシリーズ化が宣言されていたし、後で一冊にまとめることになると分かっていたからね。それで第1エピソードを書くときから、きちんとした構成を作り、他のエピソードがつながるようにしたんだ。各短中篇を、それぞれが独立しすぎないように、一篇だけで完結してしまわないように書いた。最後のエピソードで最終的にまとまるようにしたわけだ。第1シリーズに付け加える物語を4つにするか5つにするか、編集者シルヴィオ・ソシオ(Silvio Sosio)と長いあいだ話をした。でも、絶対に全部で9つにするべきだと私は確信していた」

 差し迫った出来事についての話題に移りましょう。一冊まるごとMondo9の『Urania Millemondi』誌が、「Cronache di Mondo9」のタイトルで、8月に刊行されます。これは、既刊の2つのシリーズに未刊行の間奏をつけて、一冊の物語にまとめたものです。イタリアの作家が単独で『Milemondi』に登場したのは初めてのことです。喜ばしいことですが、大きな責任も伴いますね。そう思いませんか?

「『Cronache di Mondo9』の刊行は、職業作家としても私人としても一つの大きな節目だ。名誉なことだし、とても誇らしく思うよ。正直に言えば、これほど高く評価してもらえるとは思ってなかったし、これはその証以上のものだ。責任? 確かにそうだね。完全に自覚してるよ。イタリアのSF界――特に『Urania』誌やその姉妹誌の読者――は、いつも自国の作家に対して厳しい目を向けている。だからMondadori社の選択は、勇気のあるものだと思う。でも率直に言えば、私には自信があるよ」

 Mondo9のアイデアはどのように生まれたのですか? 例えば、惑星上の砂漠という舞台、機械工学がそこで発展した唯一の科学であるという設定など…

「最初のアイデアは非常にシンプルかつ奇妙なものだった。最初に書こうと思っていたのは……そう、地上を舞台にしたスペースオペラで、登場する宇宙船は、奇妙な推進システムを備えたものではなく、車輪のついたものを考えていた。私は、このとても愛されてきたSFサブジャンルに典型的な要素を一式備えたものを書こうと考えていた。例えば、大筋でしか行き先の分からない旅、小さなコミュニティと旅人たちとの関わり、もちろんこれまで通ったことのないルート上で起こる予想外の事件も。こうした要素すべてを使って、本当に周りには真空の宇宙があるかのように描こうと考えていたんだ。でも、宇宙やその果てしない広がりを“模倣”できるものに何があるだろうか? それは砂漠だ! 実は、はじめMondo9の船は木製にしようと考えていたんだ。模倣しようとしていたタイプの物語のものよりも、ずっとバランスの悪い奇抜な設定だね。その後、金属製にすることにした(その選択でよかったと思うよ)。でも、私の考えた金属は、古くて錆びたものだ。その上、生きている!」

 全シリーズの最も独創的で興味深い“登場人物”は、惑星Mondo9の砂上を走る車輪付きの巨大な船ですね。ロブレド、アフリタニア、バスティアン、それから空飛ぶ船ミゼラブルも……(*4)。これらは錆びた金属でできていますが、感覚を備えた存在でもあります。そう思いませんか?

(*4) 〈バスティアン〉、〈ミゼラブル〉は第2シリーズに登場。

「Mondo9の船は、生物学的な生命の一形式だ。一種の動物かな? ほとんどそう言える。獣、花、貝、キノコ、機械にまで生命の概念を拡大するならね。どの船も知性を持っているけれど、憎しみ、嫉妬、恐怖は持たない。空腹にもなり、生理学的欲求を備えている。夢を見ることができ、乗員や自分と同種の存在とコミュニケーションを取ることができる。病気になり、死ぬことさえある」

 私はジャンル分けをするのはあまり好きではありませんが、読む本を選ぶ際に、しばしばジャンルが選択の助けになることは認めなければなりません。『Mondo9』について言えば、まさに「スチームパンク」と言えるでしょう。しかし個人的には、それよりも「ニュー・ウィアード」のラベルを、あなたの創造した物語世界に貼りたいと思っています。『Mondo9』を読むと、チャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』を思い出します。これは『Mondo9』とはまったく異なった小説ですが、それでもどことなく似たものが感じられます。これについてどう考えますか? ご自分のシリーズをどう定義しますか?

「『Mondo9』に「スチームパンク」のラベルがよく似合うことは、議論の余地はないだろう。全体的には、蒸気と錆の支配する美学が、ページのあいだに息づいているからね。「ニュー・ウィアード」の方が適切かもしれない? そうだね、そうかもしれない。でもジュゼッぺ・リッピが与えた定義も私のお気に入りだ。リッピは「プラネタリー・ロマンス」と定義してくれた。これは、ジャック・ヴァンス、フランク・ハーバート、ロバート・シルヴァーバーグ、フィリップ・ホセ・ファーマーのような偉大な作家たちの華麗な舞台にぴったりな用語だ。私も大好きな作家であるチャイナ・ミエヴィルの作品に私を結び付けようとする人は、あなた以外にもいるよ。私はそれをほめ言葉として受け取っている」

 Mondo9の成功は、イタリアの国境も越えていきました。シリーズの最初の短篇はアメリカで刊行されました。またDelos Booksから出た最初の書籍は日本で翻訳出版され、2014年の日本における海外SFベスト10にも入り、スチームパンクのガイド本ではこのジャンルの代表作品40作の中に取り上げられました。Mondo9が私たちの文化から遠く離れている読者も魅了することになるとは、あなたは予想していなかったと思います。何が日本の読者の心を捉えたのだと思いますか?

「日本での『Mondo9』の成功には私も驚いたよ。私は日本の市場について充分な知識を持ち合わせてはいないけれど、それでも成功の理由を探してみた。そうして、私の物語世界のヴィジュアル性が、例えばアニメ、漫画、コスプレなどに見られるような、イマジネーションの形式(特に、幻想的なイマジネーション)すべてに対して日本の読者が持っている優れた感受性と共鳴したのだと結論づけた。でも、日本での『Mondo9』を取り巻くたくさんの“熱気”と愛情について、最も深い動機だと考えられるものを私に示してくれたのは、日本語版『Mondo9』の翻訳者だった。「君の物語には、私たちの文化や伝統に非常に近い神秘的でスピリチュアルな何かがあるよ」と彼は言った。この言葉が、あなたや私の問いに答えているだけじゃなく、この上もない喜びを私にもたらしてくれたことは言うまでもないだろうね」

 あなたの独創的な物語世界は、ポール・ディ・フィリポやグラハム・エドワーズも評価しています。イタリアでは、フランコ・フォルテ(Franco Forte)、アラン・D・アルティエリ(Alan D. Altieri)、シルヴィオ・ソシオ(Silvio Sosio)なども……(*5)

「Mondo9シリーズは、外国でも多くの著名人の支持を集めていることは事実だ。ポール・ディ・フィリポは、「Cardanica」のアメリカ版の編集者でもあり、グラハム・エドワーズは優れたファンタジー作家。ブルース・スターリングも評価してくれていて、SF界に大きな影響のある彼の推薦文が、『Cronache di Mondo9』の裏表紙で目立っているよ(*6)。そうした評価に少しでも応えられていればいいけれど……。彼らには、大変感謝している。もしMondo9がインターナショナルなオーラをまとっているなら、外国の偉大な作家たちや、外国の市場や作家と日々仕事をしている国内の人たち、そうした人たち全員のおかげだ」

(*5) Franco Forte、Alan D. Altieriはイタリアの作家。Silvio Sosioは編集者。
(*6) 「残酷で幻惑的な未来を舞台にしたトナーニの小説は本当にすばらしい。このような新しい声の誕生を目の当たりにできるのは喜ばしいことだ」

 賛同していただけるでしょうが、Mondo9の成功にはフランコ・ブランビッラの貢献も大きなものがあると思います。電子書籍や紙の書籍の表紙を描きましたし、今回の『Urania Millemondi』誌についてもそうですね。

「フランコはそれをよく分かっているし、私は彼のおかげだと何度でも繰り返すつもりだよ。彼のイメージ画がなかったら、Mondo9は、どこにでもありそうな、暗い物語になっていただろうね。少しごちゃごちゃしたあいまいな言い方になるかもしれないけれど、光も熱もなくて、言葉の向こう側にある本当のMondo9を、読者がページのあいだから垣間見ることのできる舷窓もなかったはずだ。メカラット(*7)には、きっと彼の銅像が立ってるよ。錆で覆われた古びた金属でできていて、台座にはこう書かれている。「フランク・B 画家、建築家、司令官であり、他の者たちが想像するしかなかったものを実際にその目で見た最初の者」と」

(*7) Mondo9シリーズに登場する都市

 『Cronache di Mondo9』刊行に関する情報では、フランコの他の絵も物語に添えられているそうですね。これも『Urania Millemondi』誌にとって初めての試みでしょう……

「そのせいで、この本はますます異例なものなってるね。コレクターならこれを見逃す手はないよ。掲載されているのは9隻の船のラフスケッチで、本のあちこちに散らばっている。なぜ9隻かと言うと、Mondo9の2つのシリーズに登場する船が9隻だから。これらの船が全部動けるわけではないし、全部が独自の機能と形式を備えているわけではないけれどね。間違っていたら訂正するけど、これまで『Urania Millemondi』誌に挿絵が入っていたことはなかったと思う。実は『Cronache di Mondo9』に挿絵を入れてくれるとは思っていなかった。でも、ジュゼッペ・リッピ、フランコ・ブランビッラ、私の三人が、編集者フランコ・フォルテに(少しおずおずと)この提案をしてみると、すぐにOKしてくれた。おまけに、私たちが考えていたような2つ3つの挿絵だけではなく、9つすべての絵を入れようと言ってくれたんだ」

 Mondo9からさまざまなスピンオフが生まれました。例えば、描かれた絵をすべて掲載したあなたとフランコ・ブランビッラの本や(*8)、この作品世界に取り組んだ作家たちの82の物語を収録した『Tutti i mondi di Mondo9』(Delos Books)。また、ファビオ・ロディ(Fabio Rodi)と作家/スチーマーのアウグスト・チャーリー(Augusto Chiarle)によって結成されたThe Wimshurst’s Machineの9曲収録のサウンドトラック(*9)。さらには、漫画作品もほとんど完成間近だそうですね。こうしたプロジェクトがどのように誕生したのか、お話していただけますか?

(*8) イラスト集『The Art of Mondo9』
(*9) The Wimshurst’s Machineによるイメージアルバム『Dario Tonani’s Mondo9: Tribute Sound Track EP』。Augusto ChiarleはスチームパンクSF小説『Le Ombre di Marte』シリーズを書いている。

「正確に言えば、2つのグラフィックノベルは発行元を探している段階だ。一つは、マッシモ・ダッロリオ(Massimo Dall’Oglio)のもので(正真正銘の漫画作品)、もう一つはディエゴ・カパーニ(Diego Capani)のもの。ディエゴ・カパーニは画家で、コンピューターを使ってブランビッラのイラストを動かしたブックトレイラーも作成した。Mondo9はマルチタスク、マルチプラットフォームなんだ。実は元からそういうものだった。とはいえ最初は紙とデジタルのあいだで踊っているだけだった。それからイラストが描かれ、優れた作者たちがスピンオフを書き、さらにはThe Wimshurst’s Machineのサントラ音楽(CDとMp3が購入可能)。最新情報によれば、このサントラの冒頭の曲「Mondo9(Main Titles)」は、Hollywood Music in Media Awards 2015のベスト・アンビエント賞にノミネートされた。こうしたプロジェクトがどのように誕生したか? 最も自然な取り組み方、つまり一つのテキストを評価する読者としてのアプローチについて言えば、共感をもってテキストを受け取り、自分の才能をそのテキスト(私にとって、テキストは開かれた作業場だ)に付け加えるということだね。こうして“コンセプト・アーティスト”フランコ・ブランビッラとのコラボレーションが始まった。音楽もだいたい同じような仕方で生まれた。そして、プロフェッショナルな才能のおかげで、ファンアートのレベルをはっきりと越えるものが生み出されることになったんだ。こうした試みがまだ続いていけばいいね……」

 最後の質問ですが、Mondo9シリーズの出版展開は今後もまだ続いていくのですか?

「私を知っている人は分かっているけれど、私は自分の今後の仕事について進んで話そうとはしない性格なんだ。でも『Cronache di Mondo9』の序文でジュゼッペ・リッピが少しほのめかしているし、本の最後に掲載されている私のインタビューでも繰り返されてるから、ここで隠しても仕方ないね。実は数週間前に、ある物語の最初の草稿を書き終えた。それはMondo9を舞台とした長い物語で、正真正銘の長編作品だ。これまでのシリーズに登場した人物の何人かが再登場するよ。仮のタイトルは「Syraqq」で、この夏に編集作業に取り組みことができて、9月末頃に刊行準備が整えばいいけれど。まあ、まだ分からない。Mondo9の始まりや自然環境についてもっと知りたい読者にとっては、おそらく待ち望んでいたものになるだろうね。でもまだここでは秘密だ。それから日本でも何か展開があるかもしれないね……。まあとにかく、この特集とインタビューに感謝するよ。では売店でお目にかかりましょう!」

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2015年07月28日

delos173

イタリアのDelosBooks社が発行するSF情報誌『Delos』173号で、8月にイタリアで刊行される『Cronache di Mondo9』の特集が組まれています(『Delos』はWeb版は無料、Pdf版は会員のみ無料、紙版は有料)。著者ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)と、Mondo9の世界を描いてきたイラストレーター、フランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)のインタビュー、編集者ジュゼッペ・リッピ(Giuseppe Lippi)によるCronache di Mondo序文が読めます(イタリア語)。http://www.fantascienza.com/delos/173

トナーニ・インタビューでは、Mondo9シリーズの出版経緯やアイデアの発端、いろいろなスピンオフ作品、さらにはMondo9シリーズの今後の展開(新しい長編作品も!)について語っています。できればそのうちにインタビューを日本語化して(長いのでたぶん抄訳で)紹介したいと思っています。


ラベル:SF イタリア
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2014年12月06日

『Livido』冒頭部試訳

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たびたび紹介しています、イタリアのSF作家フランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)の長編小説『Livido』(2013年)。左の画像がイタリア語版の表紙で、右が英訳版の表紙。サイバーパンク仕立ての奇妙な愛の物語。

以前、著者に頼まれて、日本向けプロモーション用に冒頭部12ページほどを訳したことがあるのだけれど、「ブログで公開してもいいよ」ということで、せっかくなので訳文をアップします。
物語の簡単な紹介についてはこちら→「イタリアの本棚」第18冊目

以下、『Livido』冒頭12ページほどの訳です。これはオープニングにすぎず、物語はここから大きく動き出していきます。続きを読みたい方はイタリア語版か、英語版(タイトルは『Livid』)をどうぞ(書籍版とKindle版があります)。いつかは日本語訳を出したいものです。



上のリンクはKindle英訳版。



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リヴィド(Livido)

フランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)著


第一部 思春期‐二〇四〇年

第一章 〈チェーリ・ボレアーリ〉


愛する人間がすべていつか自分を拒絶し、あるいは死ぬ。
創り出すすべてがやがてごみ箱行きになる。
誇りに思うすべてがやがてごみ箱行きになる。
チャック・パラニューク『ファイト・クラブ』



 十倍ズームにセットして、コッレ・ヴァストの頂から彼女を観察する。コッレ・ヴァストというのは、僕が大量のごみを漁りながら日々を送っている丘の一つだ。食事休憩のあいだと、指の感覚がなくなるほど疲れたとき、僕はパイロットシートに座って、作業着から軍用の双眼鏡を取り出す。
 アルバは、ここから二百メートル離れた〈チェーリ・ボレアーリ〉のショーウィンドウの向こう側にいて、僕が見ていることに気づかずに、優柔不断な客のために飛行クルーズを選んだり、関係を改善したいカップルにロマンティックな小旅行を勧めたりしている。
 倍率を十三倍にする。アルバの象牙色の爪が、とても上品にパンフレットをめくっているのが見える。彼女の香り、リヴァージングの染み込んだあの紙が、最後にはここに、ぞっとするほど汚い僕の手の中に行き着くことになるかもしれないというのは、おかしなことに思える。
 それでも、素材は同じ有機物だ。
 それでも、くしゃくしゃのカタログを手に持って、〈チェーリ・ボレアーリ〉に入って、僕の行きたい旅行をアルバに伝えるのは恥ずかしい。だって僕が行きたいのは、アルバと一緒に行く旅行だから。
 紙に残る香りは、そんなにすぐにはキップルに消されはしない。【※訳注 キップルとは、P・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』からの用語で、際限なく増え続けるごみや不要物のこと】
 下から呼ぶ声が聞こえる。
「ピーター! 体を動かせ、でなきゃ、今日の勤務からおまえを外すぞ」
 丘のふもとから、チームリーダーが僕の仕事に文句をつけてくる。僕は無視する。だって、別に失うものはそんなにないから。今日の分の賃金、つまり乏しいKなど、もらえなくても構わない。反対に、旅行会社の制服を着て、銀色の名札をつけたアルバの姿は、何にも代えがたいほどの価値があるのだ。
 ヘナで染めてポニーテールにまとめた髪は、社交的な空気を彼女に与えていて、そのせいか、どんな人だって、嘆き悲しみながら家に閉じこもっているよりも、ヴァカンスに出かけようかという気になってしまう。
「体を動かせと言ったぞ! 次に同じことを言わせたら、今日の支払いはなしだぞ」
 今日のところは、僕は満足できると思う。リュックには、まだ期限の切れていないメンタックスの丸薬が半分残ったブリスターパック一枚と、ジャンクランドで転売するつもりのエコレッテ煙草が入っている。
 双眼鏡をウエストポーチに入れ、椅子から降りると、泥だらけの細い道を跛行しながら進む。道の両側には壊れたテレビ、コンピューター、モニターや、黒ずんだボードが山積みだ。僕は灰色の煙の中に入る。あちこちに見え隠れする緑色と琥珀色――それはプリント基板の鋭利な破片だ。
 煙の火元は一つだけではない。帯のように連なる炎からたくさんの煙の柱が立ち上っている。
 たくさんの人影が、鼻をつく靄の中で動き回っている。
 素材を削ぎ取っている者がいれば、ごみくずをふるいにかけている者もいる。また、火の勢いを強めている者もいるが、それはいつだって火夫のラシャか、その代理のノルベルトだ。チームの他の者たち、ドゥッガンとポンゴは、絡まる多色のケーブルを拾っては放り投げている。僕らこそ、コッレ・ヴァストの運搬屋なのだ。
 僕はTシャツで鼻を覆い、ラシャに近づく。ラシャは僕よりも少し細身で、火遊びが大好きな子供だ。煙を防ぐために、毎日違うターバンを巻いている。僕は去年、マスクをするのをやめた。
 学校に火をつけたのはラシャだった。うっかりしてた、とラシャはことあるごとに強調する。今、彼は以前よりも良識を身につけていて、焚き火を注意して見守っている。
 物思いに耽ったような空気を漂わせながら、熱気に陶酔したラシャが、二つの火を棒で叩くと、火は一つになって勢いよく燃え上がる。それから弱まり、煤の渦を残して見えなくなる。再び燃えだすと、燃料として使用しているタイヤから銅線のロールを取り出して、水たまりに浸す。こうして手に入れたものが、彼の毎日の賃金になる。
 空気は、何かの混合物のにおいで満ちている。そのうち頭の上に降りかかってくるだろう。もしかすると僕らのところではなく、北のカリ・ノヴァに落ちるかもしれない。トゥイムがその方向に吹きさえすれば……。
 今、ラシャが回収できた金属をチームリーダーに渡し、リーダーはそれをリサイクル屋に持っていく。うまく行けば、それはKを引き出してくれる。ラシャの肩にいい方の手を置くと、彼も同じように返してくる。僕らの仕事では、口を開けずに挨拶する方がいいのだ。
 僕は賃金を受け取ろうともせず、アケレン川の側にある、出口の方向に続く険しい斜面に入る。
 もしかすると、もっと後に兄がちょっとした仕事を持ってきてくれるかもしれない。
 チャーリーは僕よりも前にこの仕事をやっていた。彼は僕に話してくれた。かつてメガロポリスの住人たちは、できる限り廃棄物を「目に入らなくなるほどに、気にならなくなるほどに、遠ざけておく」方を好んでいた、と。
 今は違う。今は各人がそれぞれ自分にふさわしいキップルを持っている。
 自治体当局は、ごみの別な地区への移送と売却を禁止した。このため皆、できる限りのことをしなければならない、でないとごみに埋もれて生きることになる。このために生まれたのがUPU――〈都市清掃ユニット〉(Unità Pulenti Urbane)――で、再消費を促進する任務を持った巨大な自動式回収ボックスだ。
 転売可能な外観を持ついかなる製品も、UPUはまず最初にその価値を検討し、それから保管場に移す。
 二度か三度か、何度異なる消費者の手に渡ってきたのかは分からないが、そんな中古製品の市場は、自身の運命に委ねられた廃棄物にまだ残っている価値を奪い合う者たちの仕事との競争状態にある。
 要するに、ごみ捨て場で無料で行われるショッピングは、低賃金の仕事の一日分の価値が充分にあるのだ。

 毎日僕は、コッレ・ヴァストと僕の家をつないでいるルチテの途中にある、〈チェーリ・ボレアーリ〉の前で立ち止まる。朝はアルバに気づいてもらおうと思い、夜は僕の体は汚れていて、ひどい悪臭の中で十時間過ごした後なので、そこを通るのを避けて別の道を行く。実際、夜には、ごみ捨て場の悪臭は衣服や体の隅々まで染み込んでいて、僕は焼き串のように成り果ててしまっている。しかも片手片足の欠けた串だ。
 ひどいにおいがアルバの胸のところにまで届かなければ、どうでもいいことだ。
 からかわれるのが恐くて、デッド・ボーンズのメンバーには言っていない。チャーリーにも打ち明けていない。きっと僕を馬鹿にするから。でも彼らは知らない。〈チェーリ・ボレアーリ〉に客が一人もいないとき、そして遥かな旅行の行き先を夢見ながら僕がショーウィンドウのプロモーションを眺めているとき、アルバは椅子から立ち上がり、外に出てきて、僕に挨拶してくれることを。
「申し込み期限間近」のパック旅行の広告の他に、アルバはいつもムーア神殿のホログラフィーを展示している。店の看板から外に向かって投射され、輝くメーセージが表示されている。

生物学は目的地ではない
ひとつの方向にすぎない。
シリコンチップがわれわれの
行き先なのだ。


 店の中には、いつもアルバしかいない。彼女と一緒に働いている者はいないし、彼女の代わりに働いている者もいない。彼女は朝から晩まで休むことなく一人で働いている。彼女は〈チェーリ・ボレアーリ〉のオーナーだから、自分の好きなように働いているのだ。
 一メートルも離れていないところまでアルバは近づいてきて、身をかがめて、僕の頬にチュッと軽くキスをしてくれる。それから僕の頭を撫でる。僕は彼女に笑いかければいいのか、泣き出したらいいのか分からない。僕にとって、よいことなのか、ひどく悪いことなのか、もはや分からない。
 僕はアルバを見上げる。僕の立場になれば誰だって、アルバの優しさが上辺だけのものなんかじゃないと期待してしまうだろう。
 見せかけなんかじゃないと僕は確信している。
 眼鏡と灰色の髭で変装してテレビ電話をかけてもアルバは怒らないし、変装がばれていることに僕が気づいても、冗談につきあってくれる。
こんなに彼女は魅惑的だから、僕は自分が誰なのかをつい忘れてしまう。
 こんなに彼女は魅力的だから、僕は自分のいる場所が分からなくなる。
 ごみ捨て場を漁るのも、こんな出だしの後ではましなことになる。
 だって僕は十五歳で、アルバは二十三歳なのだから。運命が僕に対して定めたあらゆる敵対的な条件の中でも、これは断然に悪意に満ち、僕を落胆させてくれる。克服不可能な条件であり、おまけにそのせいで僕はチャーリーの空威張りの餌食になる。チャーリーは、僕が〈チェーリ・ボレアーリ〉付近をしょっちゅううろついていることに気づき、ある日、その動機を突き止めようとする。時間を無駄にするな、と僕を叱るためではなく、僕の胸の高鳴りを台無しにして楽しむためでもなく、僕をからかうためだけに、この状況を利用する。
 地平線が雲でいっぱいのある朝、アルバからいつものように頭への切ない愛撫を受けているとき、店の後ろからチャーリーが急に現われて、僕の手を取る。僕が鼻水垂らした子供であるかのように。
「ピーター! 仕事中の人に迷惑をかけるなと何度言わせるつもりだ?」
 アルバはこうした当てこすりにはまったく関心がなく、これらの言葉が誠実なものかどうかという疑いなど、彼女の頭によぎりさえしない。
「大丈夫、この子は毎朝私に挨拶をしてくれるのよ。彼とおしゃべりするのは楽しいわ。この時間は誰もいないし……」
 アルバの優美な外見に完全に似つかわしい、説得力のある声。
 チャーリーは、先ほどの言葉のような偽りの笑みを浮かべる。
「お嬢さん、あんたの言う通りだ。でも俺は仕事に行かなきゃならないし、こいつはもうとっくに学校についてなくちゃならない」
 兄が何を考えているのかは分からないが、兄は僕を最低のクズに仕立て上げようとしているのだ。僕を年下の弟として扱うのではなく、おつむの弱い弟として扱っているのだ。学校は一年前から閉鎖されている。ラシャによって――誤って?――火がつけられたせいで、キップルに学校が飲み込まれて以来。入り口の鉄柵の上には、酸水素吹管の炎でかかれた文字、〈避難区域〉。格子柵の向こう側には、放棄され、ひどい死の感覚に蹂躙された区画が残されている。
 一年前から僕は、遠くにいる先生とメールのやり取りをして勉強している。月に一度は、Webのテレビ会議システムを使って、先生の授業を受ける。たくさんの問題に正答することで、試験に使用できる経験値が蓄積されるのだが、それが何の役に立つのか、僕には分からない。
 アルバは、鳥肌の立つような笑みを浮かべ、それからいつものように丁寧に制服を整える。制服は、僕をいい気分にしてくれる火曜日の虹色のスーツだ。
「それじゃあ、引き留めないわ。また明日ね、ピーター」
 僕は勇気を振り絞り、アルバから離れる。もしかすると、僕が彼女のことをいろいろ夢想していたことに気づいていないのかもしれない。
「じゃあ、アルバ。また明日」
 チャーリーは僕の腕をつかむ。僕はほとんど首をねじるようにして、アルバが再び机の背後に戻って脚を組むのを見る。もう一度手を上げて、挨拶をする。
「あの女のことは、もう忘れろ……」
 角を曲がるまで、チャーリーは僕をぐいぐい引っ張っていく。それから両手を僕の両肩に置き、壁に押しつける。
「どうして?」
 二十歳の兄は、僕には説明のつかないあざ笑いを浮かべる。




第二章 デッド・ボーンズ


人が求めるのは、われわれがわれわれの不幸な状態について考えるままにさせるような、そんなのんびりした、おだやかなやり方ではないからである……われわれの不幸な状態から、われわれの思いをそらし、気を紛らさせてくれる騒ぎを求めているのである。
(パスカル『パンセ』)



 僕は、走るのが好きだったことがない。義足が全身の骨とうまく同調していないせいかもしれない。僕の骨を覆っている筋肉が糸のように細いからかもしれない。ともかく、デッド・ボーンズを追いかけているとき、僕は敏捷性に欠けていることを思い知らされる。
 普通の速さで走ると、ひざがきしる。それだけならまだしも、もし速度が増して、アスファルトの上で騒音を立てるようになれば問題だ。そうなれば、その音は、チャーリーに計画の変更を強いる嘆きの声となる。
「おい、ピーター。おまえはついて来るな」
「どうして? 僕も来ていいって言ったのに……」
「分かってる。だが、おまえの立てる音は大きすぎる。俺たちが見つかる危険がある」
 今月で三度目だ。だから彼らは僕以上に足の遅い者を仲間に選ぶことはない。
「家でおとなしくしてろ。あまり時間はかからないから。そうした方がいい」
 前回、彼らは愛玩用ロボット犬を見つけた。ゆっくりとした、ぎこちない動き、ラオンではとても人気がある。僕が到着したときは、ジミーがロボット犬の前足をつかんでいるところだった。いつものように、僕は後ろに控えていたが、彼が犬の二本の前足を大きく広げている様子がよく見えた。
 ジミーの僧帽筋は張りつめ、たちまちのうちに、犬の肋骨の砕ける音が聞こえてきた。犬は地面に横たわり、キャンキャン鳴いていた。二つにへし折られ、徐々に弱っていく。それから僕の方に這いながら進んできた。
 そのときチャーリーが、とどめをさすようにと僕に命じた。僕をテストするつもりだ。彼の弟だからといって僕がその恩恵を受けているなどと、誰に言えるだろう?
 今、腐ったオルディンヴァリ――コッレ・ヴァストの北側にある――のつきあたりから、歓喜の叫び声が聞こえてくる。デッド・ボーンズが生贄を追い詰めたに違いない。
 チャーリーは、僕が行こうとしていたのと反対の方向を指して、指を動かす。それから額の汗をふくと、向きを変えて走り出す。ふくれ面の僕はその場に取り残され、チャーリーは仲間たちに追いつく。
 僕は歩き出すのが遅れ、まずは痛ましい悲鳴が、それから他の者たちの興奮したような甲高い声が聞こえてくる。兄の命令に逆らわず、僕は向きを変える。だって僕は、少し前に回収屋のポストを手に入れたばかりの見習いだ。それも片手片足が義手と義足のおかげで、他の者では無理なところに入り込めるという理由で。それに、リーダーの命令に従わなければ、リーダーの弟の僕でさえ、皆にこっぴどく殴られてしまうだろう。でも、気づかれないようにうまくやればどうだろう?
「助けて! お願い!」
 悲鳴が聞こえ、僕は再び走り始めるかどうか迷ってしまう。正面の壁には、生物発光式のグラッフィート。

消費されないものは
キップルになる


 ムーア神殿の芸術家が、放射性のうじ虫を大量に貼りつけたのだ。虫が腐り果ててしまえば、シンボルとして体液を後世に残すことになる。
 ひざの安全装置を外し、義足を抜き取り、リュックに押し込む。片足でぴょんぴょん跳ねて、ゆっくりと、しかし確実に走る。百メートル進んで、孤立した空き地の前にたどり着くと、角の後ろに身を隠す。突き当たりには、朽ち果てたヴィスコニアの建物が見える。以前はペンキとエナメルの工場だった建物で、周辺の壁は崩れ、残骸の山になり果てている。
 携帯端末を取り出し、このエリアのポップアップを読む。とある夜間営業の薬局が、あらゆる疑わしい液体のスキャニングを無料提供し、SaniBoxのボトルを五〇%オフで安売りしている。正面の修理工は中古タイヤ一組を処分しなければならない。オルディンヴァリの市営共同住宅一四四五は、配水管の修理の作業を待っている。
 僕は熱源映像に目を移し、四つの熱源を確認する。デッド・ボーンズのメンバーたちの体だ。それから金属スキャニングによって、彼らがシュリケンとナイフ、鋼のチェーン二本、ゴルフのアイアンを携えていることが分かる。
 携帯端末を閉じると、彼らが獲物を取り囲み、その獲物をたくさんの廃物とまだ新鮮な不活性のごみの片隅に押しやっているのが見える。
 コッレ・ヴァストへのキップル放置という犯罪行為は気づかれていない。ここにはUPUがめったにやってこないからだ。一次市場の消費者の居住地域の外では、価値のある産業廃棄物を奪う目的で、投石や、銃弾掃射や、バズーカ砲によって破壊される危険があるのだ。
リゾーマやエスペリアといった場所には、もっと健康的な空気が漂っている。
よく見える場所を探して、僕は再び義足をつけ、半分錆びた非常階段を頑張って上る。
四階からだと、今日の狩りがどんなものなのか、もっとはっきりと分かる。四対一。あまりフェアとは言えないが、ある種の娯楽は、社会的満足の古典的な枠組みを越えている。それにデッド・ボーンズは自分たちだけでうまくやりくりできていて、こうした襲撃による稼ぎで、放蕩の代金が支払われているのだ。
僕は家に双眼鏡を置き忘れてきたので、目を凝らさないとよく見えない。ちょうどチャーリーが獲物にシュリケンの狙いをつけたばかりで、腕を伸ばして投げるところだ。
 尖った物体が夜に向かって弧を描き、シュッと音を立てて回り、獲物の肩に突き刺さる。皮膚に深く食い込み、しっかりと固定される。金属の薄板が別の薄膜に突き刺さっている。
 影になったその姿が、月の薄明かりの下にくずおれる。微風にほこりの渦やビニール、紙切れが巻き上がり、僕にはよく見えない。
 地面に倒れると、細身の女性のように見えるその獲物に、さらにきらめく刃が浴びせられる。脇腹、背中、両腿に。生贄が顔を上げ、慈悲を請う。
 無駄な行為だ。なぜならデッド・ボーンズは、その非道な振る舞いの残酷さでは悪名を轟かせているから。
 さらに言えば、この襲撃が次の襲撃の費用を支払うのに役立つことなど、犠牲者にとってはどうでもいい情報だ。
 それから、頭がおかしくなるほど陶酔して、狩りを称える彼らの姿を親たちが見たなら、きっとひどく心配するに違いない。
「チャーリー、こいつは俺にまかせてくれ。なんてケツだよ、おい」
 ジミー・ロンボは、淫靡な果実を思い出させるものに弱い。こんな二つのアンズの実を見れば、彼はよだれを垂らしてしまう。
 僕が知る限り、ジミーはけだもののようなやつだ。ルナ・クレシェンテの最後のパーティのときに、彼がキヌークのメンバーの鼻を噛みちぎって血まみれにし、ビーティング・ビートルズの一人の耳をずたずたにしたのを見た。それも、ドリンクの列に並んでいたジミーの前に横入りしたというだけの理由で。
 ジミーは、その場の序列が守られないときには、こっぴどくキレてしまうのだ。
 母親は、ジミーがようやくはいはいできるようになると、おしおきをする際には、彼を家の裏手に連れ出し、箱の中に入れて、それに電気コードを巻きつけて出られないようにしていた。
 父親はもっと乱暴であり、飾り鋲のついた革ベルトを使ったおかげで、ジミーの気質は磨かれ続けた。ジミーは、「厳しい教育」と言われるものの賜物なのだ。
 この光景全体が活気づいたように見えたそのとき、握力を強化するためにフィンガータッチの手袋をしているチャーリーがジミーの方を向いて、指の合図で黙らせる。それから前に出て、武器を持たない獲物の周りを歩き回る。
「お願い、ひどいことしないで。持ってるものは全部あげるから」
 獲物は迎えつつある最期のときを直感した。考えられる最良の社会においても、かろうじて生き残ることができるのは、いくつかの生命の形態のみ。あらゆる環境はそれぞれ捕食者を保有し、あらゆる市場はその再消費者を保有する。
「馬鹿なことをほざくなよ。おまえはキップルだ。キップルは要求を出したりしない」
 そのとき彼女は、避けられない事態をなんとか避けようとして最後の試みを行なう。
「リゾーマには友人がいる。私を生かしておく価値はあるわ、信じて」
 規則的な間隔で嗚咽を漏らし、涙で両目は溶けたように見える。二本の黒い筋が顔の上を走り、顎の先にまで届いている。
「生かしておく価値がある? 言いたいことはそれだけか!」
 チャーリーはせせら笑う。ジミー、レニー、ミッキーの三人は、賛歌を歌い始める。その歌は彼らの士気を高めてくれる。
「キップルを狩れ! キップルを狩れ! キップルを狩れ!」
 それから、金属の絡まる耳ざわりな鋭い音がして、僕の体の毛が逆立つ。チャーリーは彼女に襲いかかり、両手で彼女の首を外そうとする
 彼女は恐怖に取りつかれて悲鳴を上げ、僕の兄は彼女の首をねじる。まるであらゆる位置に動かせる刻み目付きのリングナットを回しているかのように。僕は両手で顔を覆い、開いた指のあいだからその光景を見つめる。
 チャーリーは身をかがめて力を込め、大きく広げた足でしっかり自分の体を支える。少しばかりの光が周囲を照らしている。誰も顔を覗かせることはないのに。夜、コッレ・ヴァストでは、人はカーテンの背後で生きているのだ。
 このとき、女は不自然な仕方で身をよじり、“クリスピー”レニーと、ミッキー“ムーコ”は、チェーンを伸ばした。僕は、彼女が誰なのか気づく。
 賛歌が催眠術のように続けられる。
 キップルを狩れ! キップルを狩れ! キップルを狩れ!
 怒りが絡まりとなって、僕の喉の奥につまる。彼らが八つ裂きにしているのは、アルバだ。僕が一年前から気になっている女性だ。
 できることなら僕は恐怖の叫び声を上げたい。でも、できない。
 できることならこの責め苦をこれ以上味わわないように、たとえ骨が反応しなくとも僕はここから逃げ出したい。でも僕は沈黙したままで、動けないままだ。見つかった場合にデッド・ボーンズから受ける罰への恐怖のためなのか、それとも僕を虐げる苦悶のためなのか、分からない。
 チェーンが地面に触れる音が聞こえる。音を和らげるためにゴムが張られているが、痛みは和らげられない。メンバー全員、チャーリーの側にいることで、自分が強くなったように感じている。
「やめろ! 俺がこの手でやる。もう少しだ」
 僕は、兄がこれ以上ないほどにアルバの首をねじり、唇をゆがませるのを見る。それからアルバのまぶたが蝶のような速さでまばたきする。半分閉じ、世界に別れの挨拶をする。
 彼女の血の気のない瞳孔から光の帯が飛び出す。空に向かって光が高く上がっていく一方、僕の兄はしっかりとアルバの頭部をつかんだままだ。素っ気ない音を立てて、まるで栓を抜いたように首の骨から外れるまで。
 チャーリーがアルバの頭部を吟味しているとき、僕は泣きかけている。嗚咽を漏らし、ひざは折れ、倒れないように窓じきいにしがみつかなければならない。
 兄の瞳のきらめきは、その歓喜の嘲笑とともに、僕の心に映像として永遠に残ることだろう。
 兄は処刑人だ。そして、僕は青ざめる。
 血が体のあちこちから顔に上がってきて、僕は何もできない。興奮するたびにそうなり、衰弱し、青ざめる。
 そして、このことはすべて、彼女が僕らのようではないからなのだ。
 それに気づいた今、僕はチャーリーの警告が理解できる。
 彼女は、別の体に、人工的な体に移ることにしたのだ。その体は、生物的な死の限界を超えることができる。その選択は、こんなひどい扱いにはふさわしくない。彼女はこの体を得ても、それほど長いあいだ生き続けることはできなかった。
 チャーリーは、首だけのアルバに儀式のように口づけし、それを地面に置き、リュックから取り出したアイアンを使い、上半身を申し分なく動かして、遠くに打ち飛ばす。見事なバックスイングで、頭部は正面のキップルの小山の天辺に着地する。
「あとは全部おまえらのものだ。思う存分楽しめよ」
 賛歌が解放の叫びに変わる。このときまで抑えられていた興奮が、悪童たちの腕に、足に、流れ始める。
「キップルを狩れ! キップルを狩れ!」
 デッド・ボーンズたちは跳び上がり、首のない体の残骸の周りに駆けつける。一週間待ち望んだ饗宴に、ようやく招かれた飢えたハイエナたち。
 指一本ほどの太さがある動脈のケーブルを切ると、そこから火花が飛び出す。弾性の継ぎ目を切ると、だらりと長く伸びて、パチンという音とともにちぎれる。軟骨のような小片をもぎ取る。三分のあいだにアルバは解体され、基本のコンポーネントに成り果てる。
 獲物の分配の決まりごとに従って、各人が戦利品のパーツを一つずつ手に取る。クリスピー・レニーが両腕、ミッキー・ムーコが乳房つきの胸部、ジミー・ロンボは尻を望んで不平をこぼしたが、結局は両足、そしてチャーリーはその残りを、つまり腰部を。今まで誰も抜け駆けをしたことはなかった。
「とっととジャンクランドへ行くぞ。この馬鹿女はどこかの衛星に救助信号を送った。急いでここを離れないと」
 昨晩注入された代用血液が広がって朱色の血漿の水たまりを作り、この場所で殺人が行なわれたことが示される。
 これは犯罪なのだ。たとえ明日になれば、その染みが地面に吸い込まれてしまうとしても。

(第二章終わり)



ラベル:SF イタリア
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2014年08月05日

ヨーロッパSF賞ノミネート発表

ヨーロッパSF情報サイトEuropa SFによれば、European Science Fiction Society(ヨーロッパSF協会)による2014年のヨーロッパSF賞の候補者が決まりました。詳しいリストはEuropaSFのページに掲載されていますが、イタリア関連では、Best AutherにDario Tonaniが、Best PromoterにSilvio Sosio、Best TranslatorにMarco Crosaがノミネートされています。また、Best Magazineに『Fantasy & Science Fiction』イタリア語版、Best PublisherにDelos Digitalがノミネート。各部門の受賞者は、8月22‐24日にダブリンで行なわれるヨーロッパSF大会Euroconの〈Shamrokon〉で発表されます。

詳細はEuropaSFのページへ→ http://scifiportal.eu/esfs-nominations-2014/

ラベル:イタリア SF
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2014年07月25日

『Livid』(『Livido』英訳版)

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以前このブログでも取り上げたことがありますが、イタリアのSF作家Francesco Verso(フランチェスコ・ヴェルソ)の長篇『Livido』がついに英訳され、オーストラリアのSF専門出版社から電子書籍として出版されました(英語版タイトルは『Livid』)。21世紀イタリアの現代SFの長篇作品が英語に訳されるのは初めてかもしれません。

あらすじはこんな感じです(著者サイトを抄訳)。
http://www.francescoverso.com/romanzi-fantascienza-avventura/livido/

【テーマ】:架空の都市、メガロポリスは、地上すべてを脅かすキップル(ゴミ)によって包囲されている。人口の大部分は「リサイクル」や廃棄物の「再利用」、交換価値のある余剰物の探索で生計を立てている。一方、少数の者たちは、自分の記憶をバックアップし、人格を人工身体にアップロードしている。その者たちは〈ネクスマーノ〉(女性の場合はネクスマーナ)と呼ばれ、人類の次なる進化を示している。

【ストーリー】:ピーター・ペインズは〈トラッシュフォーマー〉の少年であり、“キップル”、つまり都市地区全体を埋め尽くす廃棄物の山の中から価値のあるものを見つけて生計を立てている。幼少期の事故のせいで身体に障害があるが、それは彼の夢の妨げにはならない。彼の夢、それはアルバだ。アルバは、ピーターの住む〈コッレ・ヴァスト〉地区の旅行代理店で働く美しい女性である。ピーターは遠くから双眼鏡でアルバを覗きながら、夢を見るだけで満足していた。だが、アルバはピーターと同じ人間ではなかった。彼女はネクスマーナだったのだ。つまり、精神は情報記録メディアにロードされ、完全に人工の身体を持つ存在だった。ピーター・ペインズの人生は、あの日、ネクスマーノ/ナを憎む兄のチャーリー率いる不良集団がアルバを襲い、アルバをばらばらに解体したときから変わってしまった。それ以来、ピーター・ペインズが生きる目的は、二つしかなかった。一つは、愛するアルバのパーツをすべて取り戻し、アルバを再構成すること。そしてもう一つは、復讐だ。


……と、こんな話です。人格を外部メモリにバックアップして、人工身体にダウンロードするというモチーフは、サイバーパンクでおなじみのもので、目新しいわけではありません。しかし、本書における著者の持ち味はそこにはなく、その設定から導かれる哲学的思索と純粋な愛の探求、そして圧倒的なまでの肉体の感覚にあると思います。主人公が片手片足を失っている(義手・義足をつけている)のを始めとして、随所に身体の欠損や破壊の描写が登場し、汚物、排泄物、ネクロフィリアなど、ページから悪臭や腐臭が漂ってくるような感覚を覚える数々の強烈なシーンは実に印象的です。

「キップル」という用語や、そのキップルに覆いつくされた世界(ところどころにゴミ置き場があるというのではなく、大地を覆うゴミの海のところどころに人間の居住区があるという感じ)や「ネクスマーノ」(著者によれば、ネクサス6型から取ったそう)という用語、コピーとオリジナルの問題等、P・K・ディックの影響は明白ですが、読んでいて、どことなくバージェスの『時計じかけのオレンジ』も思い浮かびました(たぶん不良グループ〈デッド・ボーンズ〉がむちゃくちゃやるところとか)。

ともあれ、現代イタリアSFの代表作の一つですので、ぜひぜひ読んでみてください。amazon(Kindle用)で買えます。

英語版の出版社のサイト http://fantasticascifi.com/
著者のサイト(の英語ページ) http://www.francescoverso.com/en
以前私の書いた紹介文 http://www.c-light.co.jp/modules/column/index.php/kubo_40/kubo_40_18.html



ラベル: イタリア SF
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2014年06月12日

Premio Vegetti

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2014年のヴェジェッティ賞(Premio Vegetti)の候補作は、以前本ブログでも取り上げましたが(→こちら)、受賞作はレナート・ペストリニエロ(Renato Pestriniero) の『La pietra dell’alchimista(錬金術師の石)』 (Ed. Solfanelli 2013)に決まりました。

まだ読んでいないのですが、本書袖に載っているあらすじによると、ヴェネツィアを舞台にした16世紀の錬金術師アロイシオ・ヴィニャーリの物語で、その人生が21世紀の若き物理学研究者ジェオ・ダルヴィーゼの人生と交錯するという展開のようです。

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2014年06月11日

短評

5月18日の北海道新聞のブックガイドコーナー「本の森」の新刊短評欄に『モンド9』の短評が掲載されました。ネットでも見ることができます(→リンク)。


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2014年06月08日

イタリア賞 追加

ヨーロッパSFのサイト「EUROPA SF」にイタリア賞の記事が載っています。英語です(→リンク)。各賞の受賞作が画像付きで紹介されています。

以下、2014年のイタリア賞受賞リストを掲載しておきます。

個人長篇作品または個人短篇集部門(SF):Livido, Francesco Verso, Delos Books
個人長篇作品または個人短篇集部門(ファンタジー):Il Gran Sole Radioso, Donato Altomare, Edizioni Della Vigna
評論作品部門:Misteri dallo spazio e dal tempo, Giovanni Mongini, Edizioni Della Vigna
個人短篇作品部門:Mechardionica, Dario Tonani, Delos Digital
アマチュア短篇作品部門:Figlio dello spazio, Franca Pardan Scapellato, Living Force
商業出版記事部門: Le prime Immagini di Into Darkness, Alberto Lisiero e Gabriella Cordone, Ultimo Avamposto Editore
ファンジン記事部門: La mappa del futuro, Giovanni De Matteo, Next
海外長篇作品または海外短編集部門:Paradisi perduti, Ursula Le Guin, Delos Books
イラストレーター部門:Franco Brambilla
編集者部門:Emanuele Manco
翻訳者部門:Salvatore Proietti
その他の創作家部門:Carlo Recagno(コミック)
叢書部門: Odissea Fantascienza, Delos Books
商業雑誌部門:Robot, Delos Books
ファンジン部門: Fondazione
アマチュアサイトまたはアマチュアオンライン雑誌部門:Cronache di un sole lontano, cronachediunsolelontano.blogspot.it
Yavin 4 Fan Club, www.yavinquattro.net (ex aequo)

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2014年06月06日

future fiction

今年のイタリア賞国内長篇SF部門は予想通りにFrancesco Verso の『Livido』が受賞。カシオペア賞も受賞し、まさに今年の注目作です。邦訳も期待したいところですが、どこか出してくれないでしょうか。自分で訳せたら嬉しいけれども、そうでなくても邦訳が出てほしい作品です。本当に面白いので。『Livido』については以前紹介文を書きましたので、興味のある方は御覧ください(→リンク

著者のFrancesco Versoは、以前SF専門出版社Kipple Officina Librariaで叢書の編集に携わっていましたが、今年、別出版社の元で新たにFuture Fictionと銘打ったレーベルを立ち上げました。個人的に理解した限りでは、テクノロジーや環境の変化によるヒューマニティ、アイデンティティ、社会の変容などをテーマにした、ありうべき未来を描く、というのがコンセプトのようです。Future Ficitonの方向性を理解する上で参考となる作家としてヴェルソが挙げているのが、例えばP・K・ディック、J・G・バラード、W・ギブスン、I・バンクス、I・マクドナルド、テッド・チャン、マーガレット・アトウッド、ミシェル・ウエルベックなどで、ここからなんとなくイメージがつかめるのではないかと思います。現在のところ、ヴェルソ自身の作品をはじめ(長篇『Antidoti umani』『e-Doll』、短篇「Due mondi」)、イタリアのClelia Farris、アメリカのJames Patrick Kelly、ギリシャのMichalis Manoliosの作品が電子書籍で出版されています(いずれもAmazon.co.jpのkindleストアで購入できます)。多メディアでの展開も視野に入れているようで、今後のVersoとFuture Fictionの動きには注目しています。

ちなみに下はFuture Fictionの最新刊、Clelia Farris『La pesatura dell'anima』。2010年Kipple賞受賞作の再刊です。



Future Fictionのサイトはこちら→http://www.futurefiction.org/
(英語ページもあり)

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2014年05月26日

イタリア賞

昨日(25日)までイタリア、ベッラーリアで開催されていたイタリアSF大会Itaconで、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)「Mechardionica」がイタリア賞の国内短篇部門を受賞したそうです。これはMondo9新シリーズ連作の第一作です。ちなみに国内長篇部門はフランチェスコ・ヴェルソ(Francesco Verso)の『Livido』。イラストレーター部門はフランコ・ブランビッラ(Franco Brambilla)(『モンド9』のイラストを描いている方です)。おめでとうございます。Complimenti!
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2014年02月14日

Premio Vegetti

イタリアのSF関係者の組織World Sf Italia(日本SF作家クラブのようなもの)が主催する第3回Vegetti賞の最終候補作品が発表されました(2012年から2013年の2年間のベスト作品候補作)。以下の通りです。

■小説部門

Gianni Montanari, Ismaele, Elara 2013
Ismaele_s.jpg

Renato Pestriniero, La pietra dell’alchimista, Solfanelli 2013
la_pietra_dellalchimista_s.jpg

Franco Piccinini, Tutti i colori del fantastico, Della Vigna 2013
Tutti i colori_s.jpg

Francesco Verso, Livido, Delos Books 2013
livido_s.jpg

■評論部門

Carlo Bordoni (a cura di), Guida alla letteratura di Fantascienza, Odoya 2013
Luigi Cozzi, Il cinema di fantascienza e l'atomo infinito, Profondo Rosso 2013
Riccardo Gramantieri, William Burroughs: manuali di sopravvivenza, tecniche di guerriglia, Mimesis 2012
Giovanni Mongini, Science Fiction All Movies vol. 9, Della Vigna 2013
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2014年02月10日

ダリオ・トナーニ特設ページ

2月22日の『モンド9』刊行を記念して、ダリオ・トナーニ(Dario Tonani)&『モンド9』(Mondo9)の特設ページを作りました(といっても、お手軽にブログ形式のサイトです)。現在、まだコンテンツは少ないですが、そのうちにメールインタビューや本編冒頭部も掲載予定です。

リンクは以下のバナーをクリック↓
bg-content-top-mondo9_3.jpg
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2013年11月09日

イタリアSFに関する日本語の資料(2)



日本語で読めるイタリアSFの資料として、たぶんこれが質、量ともに一番充実しています。『小松左京マガジン』第28巻。2007年の日本開催のワールドSFコン記念「小松左京vsヴィットリオ・カターニ(Vittorio Catani)」誌上対談が掲載されています。聞き役・構成はマッシモ・スマレ(Massimo Soumaré)氏。質問に対して二人が返答するという形で16ページに渡って掲載。イタリアにおけるSFの状況を垣間見ることのできる重要資料です。ヴィットリオ・カターニ氏は1940年生まれの大御所SF作家。長編に『Gli universi di Moras』(ウラニア賞受賞作)や『Replay di un amore』(これは長編というより中編か)。2009年の『Il quinto principio』はイタリア賞も受賞した最新長編(未入手。いつか手に入れたい)。

これを読むと分かるように、イタリアのSF界は厳しい状況に置かれているようですね(少なくとも2007年時には)。日本の方がまだましなんだなあ、と。とはいえ、80年代のあのお祭りのような時代を思い返せば、SF専門の定期刊行雑誌がほぼ一誌しかないというのは、やはり物足りなさを感じますが。ともかく日本のSFが冬の時代を脱したように(たぶん…)、イタリアSFにおいても、新しい世代が新たな荒野を切り開いていくのではないかと、密かに期待しています。
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