2016年10月06日

小さな虎

robot60.jpg

フランチェスコ・ディミトリ(Francesco Dimitri)の短編「Piccola tigre(小さな虎)」(SF雑誌『Robot』60号、2009年)。

「ぼく」の恋人ペニーが拾った猫。ミカエルと名づけられたその猫は、全身に黄と黒の虎の縞模様にも似た傷痕があった。普通の猫とはどこか雰囲気が違う。「ぼく」は、何か邪悪なものを感じる。ある日、隣の家のシェパードが惨殺された。「ぼく」はミカエルの仕業だと直感する。この猫は悪魔なのではないかとも思う。ある夜、ペニーは車にひき逃げされて死んだ。「ぼく」は現場に居合わせていたが、あまりのショックに、車のナンバーも運転手の顔も思い出せない。ペニーが死んだ夜、ミカエルは姿を消した。そして一年が過ぎ……

同著者の2013年の魔術小説『L'età sottile(淡い年頃)』では、主人公グレゴリオは自分の意思で、人を殺す選択をする。慈悲か、正義か。許すか、許さないか。天秤にかける。魔術師は、人間の法を越えたところで生きるがゆえに、自らの意思とそれによる選択が、非常に重要なのだ。その後、罪の意識が湧き上がってくるのに気づいたグレゴリオは、自分がまだ人間であることに安堵する。長編『Pan』でも、コミックマニアの主人公が、同じ趣味のおかげで仲良くなった女の子を、魔術的な理由から殺すシーンがあった気がする(何年か前に読んだきりでうろ覚えなので、違っているかも)。

この短編でも、「ぼく」は、ミカエルにじっと見つめられながら、人を殺すか殺さないかという選択を迫られる。この短編「小さな虎」には魔術の要素はないように見えるけれど、根底にあるものは『L'età sottile』と同じ。主人公は選択を迫られ、自分の意思で選び取る。魔術の土台は意思と想像力だとされるが、自らの意思に他人の運命が左右されるというのは、とても恐ろしいことだ。その重みに耐えることができなければ、魔術師にはなれない。その意味で、ディミトリは、魔術師の倫理というものを描き続けている。



ラベル:幻想 イタリア
posted by こにりょ at 19:43| Comment(0) | イタリア語の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。