2016年10月22日

La magica avventura di Gatto Fantasio



ムーニー・ウィッチャー『猫のファンタジオの魔法の冒険』
Moony Witcher, La magica avventura di Gatto Fantasio (2008)

〈ルナ・チャイルド〉シリーズの邦訳がある作家の幼年向け(5〜8歳向けらしい)ファンタジーシリーズの第1巻。

舞台は猫たち(二足歩行)が住む世界〈ミーチョニア〉(ミーチョ[イタリア語で猫の愛称、「ニャンコ」みたいな感じ]+ニア)。主人公の少年ファンタジオは、フクシア色(濃いピンク)の毛に覆われて生まれてきた特別な猫。この普通とは異なる色に加え、生まれつきのひどい近眼、おまけに、異様に大きな尻尾。学校でうまくやっていけるだろうかと両親は心配で仕方がない。なにより、黒の縞模様の大きな尻尾が曲者で、尻尾を動かすと、魔法を使えるらしいのだ(通常、魔法を使えるのは魔法使いの国に住んでいる魔法使いだけ)。でも、うまくコントロールできずに勝手に魔法が発動するし、噂も広まり、記者も殺到するなど、ファンタジオの周りではいつも騒動が巻き起こる。実は、フクシア色の特別な猫だけが、幸せをもたらす〈猫の宝玉〉を見つけられるという伝説があり、魔法使いたちはファンタジオに興味津々。

本書の冒頭には、この世界の地図が描かれていて、それぞれの地域の特色や、〈猫の宝玉〉を巡る伝説や歴史もかなりのページを割いて詳細に記されている。このシリーズには壮大な背景があるらしい。とはいえこの巻では、ファンタジオと仲良しの二人の女友達(うち一人はやがて恋人になる)との楽しい日々や、ちょっかいを出してくる悪ガキトリオなど、基本的にはファンタジオの日常生活が描かれている。毛の色が他と異なることで、ファンタジオが落ち込んだり、両親が心配したり、悪ガキトリオにからかわれたり、嫌な状況に陥ったり、でも、友達や家族が支えてくれたり。本巻は主要人物の紹介を中心としたオープニングで終わっているけれど、事件の種をあちこちに撒いている感じもあり、今後の展開が楽しみ。



ラベル:イタリア 幻想
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2016年10月06日

小さな虎

robot60.jpg

フランチェスコ・ディミトリ(Francesco Dimitri)の短編「Piccola tigre(小さな虎)」(SF雑誌『Robot』60号、2009年)。

「ぼく」の恋人ペニーが拾った猫。ミカエルと名づけられたその猫は、全身に黄と黒の虎の縞模様にも似た傷痕があった。普通の猫とはどこか雰囲気が違う。「ぼく」は、何か邪悪なものを感じる。ある日、隣の家のシェパードが惨殺された。「ぼく」はミカエルの仕業だと直感する。この猫は悪魔なのではないかとも思う。ある夜、ペニーは車にひき逃げされて死んだ。「ぼく」は現場に居合わせていたが、あまりのショックに、車のナンバーも運転手の顔も思い出せない。ペニーが死んだ夜、ミカエルは姿を消した。そして一年が過ぎ……

同著者の2013年の魔術小説『L'età sottile(淡い年頃)』では、主人公グレゴリオは自分の意思で、人を殺す選択をする。慈悲か、正義か。許すか、許さないか。天秤にかける。魔術師は、人間の法を越えたところで生きるがゆえに、自らの意思とそれによる選択が、非常に重要なのだ。その後、罪の意識が湧き上がってくるのに気づいたグレゴリオは、自分がまだ人間であることに安堵する。長編『Pan』でも、コミックマニアの主人公が、同じ趣味のおかげで仲良くなった女の子を、魔術的な理由から殺すシーンがあった気がする(何年か前に読んだきりでうろ覚えなので、違っているかも)。

この短編でも、「ぼく」は、ミカエルにじっと見つめられながら、人を殺すか殺さないかという選択を迫られる。この短編「小さな虎」には魔術の要素はないように見えるけれど、根底にあるものは『L'età sottile』と同じ。主人公は選択を迫られ、自分の意思で選び取る。魔術の土台は意思と想像力だとされるが、自らの意思に他人の運命が左右されるというのは、とても恐ろしいことだ。その重みに耐えることができなければ、魔術師にはなれない。その意味で、ディミトリは、魔術師の倫理というものを描き続けている。

ラベル:幻想 イタリア
posted by こにりょ at 19:43| Comment(0) | イタリア語の本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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